1)  ウェスタンブロッティング

■はじめに

 目的とするタンパク質がどんな大きさ(分子量)をもっているのか?どんな組織でいつ発現しているのか?
こんなことを知りたいときに,ウエスタンブロッティングが有効です。ウエスタンブロッティングとは,ゲル電気泳動
により分離したタンパク質を電気的にヌクレオポアフィルター(ふつうメンブレン と呼びます)にブッロト(転写)する
実験を指します。ただし,実際には,ブロッティングの後に,目的とするタンパク質を,抗体をつかって,メンブレン上で
免疫化学的に検出することがほとんどなので,タンパク質を検出するところまでを含めて,ウエスタンブロッティングと
呼んでいます。また,抗体反応によって検出することから,immuno-blotting (イムノブロッティング)ということもあります。

■実験方法

 実験では,ミダレキクイタボヤという動物(ホヤの仲間)の,Vasa という遺伝子にコードされているタンパク質を標的の
タンパク質とします。もちろん,この Vasa タンパク質と反応する抗体があります。 本来なら,ミダレキクイタボヤからタンパク
質を抽出して,実際にミダレキクイタボヤの生体内にある Vasa タンパク質を検出したいところです。しかし,ミダレキクイタボヤ
を全員分準備するのが難しいので,今回は大腸菌にミダレキクイタボヤのVasa 遺伝子を導入し,大腸菌に Vasa タンパク質
を発現させ,そのリコンビナントタンパク質を抗体で検出することにします。


■実験結果

皆さんの結果はこちら →→


■実験結果の解説

  今回の実験では,V と N の 2 種類のメンブレンに対して免疫染色をしました。V のメンブレンには,今回使った抗体の
抗原となる Vasa タンパク質を発現するように遺伝子導入された大腸菌から抽出したタンパク質が転写されています。
一方,N には,Vasa 遺伝子ではなく,Nanos 遺伝子を導入した大腸菌から抽出したタンパク質が転写されています。

 まずは,正解というかこうなるはずだったという結果を教えます。大腸菌が発現するミダレキクイタボヤのリコンビナント Vasa
タンパク質の分子量は約 78 kDaです。リコンビナント Vasa タンパク質だけを精製して電気泳動するとこうなります
(Vasa タンパク質のSDS-PAGE)
。つまり,今回の実験では 80 kDa のマーカーのちょっと下くらいにバンドが出れば,
予想通りということになります。皆さんの結果を見ると,あまり(まったく)うまくいってないようです。
 
 ポンソーS で染色したメンブンレン(赤く染まっているほう)を見てみましょう。どの班も,V10 と書いてあるレーンが一番よく見えます。
これは電気泳動したタンパク質の量が多いから当然の結果です。これを見ると、分子量の異なるたくさんの種類のタンパク質が
メンブレン上に転写されていることがわかります。また,ポンソーS 染色は感度がそれほど良くないので,赤く染まっていない部分にも
実際にはタンパク質があると考えられます。一方,V1 から V4 は V と同じサンプルを 2 μl電気泳動したレーンです。泳動したタンパク質
の量が少ないので,V10 に比べるとかなり染色が薄いです。しかし,V10 のレーンと同じ種類のタンパク質が転写されていると考えることが
できます。つまり,抗体を使うことで,大腸菌由来のたくさんのタンパク質の中から Vasa タンパク質だけを見つけることができるはずでした。

 N のメンブレンはポンソーS 染色ではタンパク質が見えています。しかし,抗原となる Vasa タンパク質はないはずなので,
抗 Vasa 抗体を使って免疫染色しても,何も染まらないと予想できます。こちらは予想通りなったでしょうか?。ならなかったね,,。

 ところで,この N のメンブレンは何のために作業したのでしょうか?なぜ,当たり前の結果が出ると分かっている実験をわざわざしたの
でしょうか?これは,科学の実験で大変重要な作業で,コントロール実験と呼びます。実験で使う抗体に対する抗原が含まれていない,と
予め分かっているタンパク質に対して免疫染色をする。その結果,何も検出されないことが重要なのです。もしくは,こんな場合は,どうでしょうか?
N サンプルで 50 kDa の位置にバンドが検出されたとします。となれば,V サンプルにも同じように 50 kDa のバンドがでたとしても,このバンドは
抗体が目的にタンパク質に結合したことで見えたバンドなのかどうか,疑わなければなりません。同じ条件で、同時に作業したコントロール(Nサンプル)
と V サンプルの結果を併せて示すことで,V のメンブレン上で Vasa タンパク質をきちんと検出できたと強く言えるわけです。
(言いたかったのだけど,今回はうまくいかなかった,,,)

 簡単に言うと,V サンプルで見えたバンドから N サンプルで見えたバンドを差し引きして残ったバンドが,抗 Vasa 抗体がちゃんと Vasa タンパク質に
結合したことによって見えてきた可能性が高いバンドと考えるわけです。

 ただし,今回の結果は,作業のどこかが根本的にうまくいかなかった可能性の方が高いと思います。。。どこでしょうか??


●課題●

 Western Blotting に関する課題は,次の文章をよく読んでください。皆さんがやった実験と似たような話ですが,実は大きく違う点が
あります。よーく読んで,考えてください。

 皆さんが実験に使った「抗ホヤVasaタンパク質モノクローナル抗体」は細胞分子工学研究室と高知大動物実験施設で
作製されたもので,実際に研究室で使われています。2008年に,学術論文のなかでをこの抗体ができたことを報告しました。
論文では,下のようなウエスタンブロットの結果を載せました。 論文中の実験では,大腸菌ではなく,ミダレキクイタボヤから
タンパク質を抽出し,Vasa タンパク質を検出しました。タンパク質の抽出方法は今回の実験と全く同じです。
ミダレキクイタボヤの Vasa タンパク質については Vasa 遺伝子の塩基配列をもとにしてアミノ酸配列が分かっており,そこから
タンパク質の分子量を予測することができます。予測された分子量は 74 kDa だったので,作製した抗体は,きちんとミダレキクイタ
ボヤの生体に存在する Vasa タンパク質を認識する抗体だと説明しました(写真の矢尻のところのバンド)。ところが,論文の審査員から
 「42 kDa くらいにバンドが見える(写真の*印)。これが何なのかちゃんと説明しなさい」という指示が来ました。

 ということで,課題は,下の写真で 42kDa くらいにバンドがでた理由を考えてみて下さい。ちなみに,決まった1つの答えがある
わけではありません。この写真にたどり着くまでの過程を考え,どこでどんなことがおこった結果,そこにバンドがでたのか?
ありとあらゆる可能性を考えてみてください。ただし,きちんと論理が通っていなければダメです。また,「何かの手違いがあった」
というような一言で済ますのもだめです。とにかく考えて,色々調べて,書いてみてください。

 疑問がある人は遠慮なく砂長まで相談してください。何度も書きますが,答えが1つ決まっているわけではありません。

↓論文載せた写真↓

 
 

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