◆ 魚肉軟化と細胞外マトリックス分解 ◆

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 目次 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 1.魚肉の軟化とは?  2.冷蔵中の筋肉構造の変化  3.体を支える細胞外マトリックス
 4.コラーゲン分解に関わる酵素  5.魚の組織中のコラーゲン分解活性  6.産卵期のアユでの活性発現
 7.刺し身の軟化に関わる酵素活性  8.軟化に関わる酵素遺伝子  9.TIMP (MMP阻害タンパク質)
10.死後でも生きている? 11.今後の課題 12.お礼

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8.軟化に関わる酵素遺伝子

■ これまでに数種の魚類のMMP遺伝子がクローン化されている

   軟化した組織でコラーゲンの分解が生じていることや阻害剤の注射実験から、魚肉の軟化の一因としてMMPの関与が疑われました。しかし、魚類のMMPに関する研究は数えるほどしかありません。これまでに、女子栄養大学の西塔正孝先生らのグループが、ニジマスから、北海道大学の高橋孝行先生らのグループがメダカから複数のMMPを遺伝子を分離しています。
   先に述べたように、冷蔵中の魚肉でV型コラーゲンの可溶化が観察されています。V型コラーゲンを分解することができるのはゼラチナーゼまたはIV型コラゲナーゼと呼ばれているMMP-2とMMP-9です。そこで、京都大学の木下先生らを中心に水産業上重要魚種であるヒラメからMMP-2とMMP-9遺伝子のクローニングを試みました(Kinoshitaら, Fish. Sci., 68, 2002, 618-626, 2002)。またこれとは別に、コイ細胞の浸透圧応答を調べた竹内ら(現日本水産中央研究所)が、低浸透圧条件下でMMP-9遺伝子発現が上昇することを見出し、クローニングが行われました(Takeuchiら, Fish. Sci., 68, 610-617, 2002)。これらのMMPは哺乳類のそれと比較して一部に特異的な構造を持つことが明らかとなりました。そこで、京都大学の久保田ら(現日本水産中央研究所)を中心に、これらのMMPが魚肉軟化に関わっているか調べることにしました(Kubotaら, Fish. Sci., 69, in press)。


■ ヒラメMMP-9による結合組織の可溶

   コイからクローニングされたMMP-9の遺伝子配列を基にして抗体を作成しました。この抗体はMMPのうちMMP-2とMMP-9にのみ反応します。この抗体を用いて、ヒラメ筋肉中のMMP-2とMMP-9が存在するかどうか調べました。ヒラメMMP-2とMMP-9の遺伝子配列を基に作成したタンパク質を比較として用いました。その結果、ヒラメ筋肉中にMMP-9タンパク質の存在が確認されました(右図)。




   次に、この酵素が冷蔵中のような低温で働くかどうか検討しました。温度が高くなるほど活性は強くなるものの、4℃ですら活性は検出されました。この結果は低温条件でも、筋肉中の酵素が働いて細胞外マトリックスを分解されることを示していました(右図)。

















   MMP-9はV型コラーゲンの3重らせん構造を分解することが知られています。そこで、ヒラメから精製したI型コラーゲンとV型コラーゲンの切断活性を調べてみました。ところが、予想に反してこれらのコラーゲンの3重らせん構造を切る活性は検出されませんでした(左図)。





   そこで、ヒラメ筋肉から調製した不溶性の細胞が今とリックス成分を酵素の基質として用いました。すると、可溶性画分にI型コラーゲンのバンドが検出されました。このバンドの出現は金属プロテアーゼ阻害剤により抑えられたことから、反応系に加えたMMP-9が不溶性コラーゲン画分からコラーゲンを可溶化したと考えられます (左図)。




   これらの結果から、魚肉冷蔵中に生じるコラーゲン分解にMMP-9活性が関わっている可能性が示されました。


■ TIMPはMMPの特異的阻害タンパク質である

   組織内でのMMP活性はTIMP (Tissue Inihibitor of Metalloproteinase)という特異的阻害タンパク質により厳密に制御されています。これまでに哺乳類で4種類のTIMPが見つかっています。冷蔵中の魚肉でのコラーゲン分解の亢進は、このTIMP活性が低下するために生じる可能性もあります。そこで、ヒラメからTIMPタンパク質のクローニングを試みました。数種類の哺乳類TIMP1, 2および3の塩基配列を基に、多くのPCRプライマーを設計し、10種類の組織から調製したcDNAをテンプレートとして断片の増幅を試みましたが、TIMP-2の断片のみ増幅できました。この断片の塩基配列を基にRACE法で全塩基配列を決定しました。一方、東京水産大学の青木先生・廣野先生のグループがヒラメ組織に発現するcDNAの塩基配列を片っ端から決定するEST解析を試みています。そのデータベースを調べることにより、ここでもTIMP-2遺伝子が見つかりました。面白いことに、PCR法で分離したヒラメTIMP-2とEST解析で見つかったそれは異なった塩基配列を持っていました。これまでに他の動物ではこれらTIMP-2が2種類あることは見つかっていないことから、魚類では2種のTIMP-2がそれぞれ異なった機能を持っており、哺乳類などとは異なった細胞が今トリックス代謝機構が存在するのかもしれません。両TIMP-2の機能や分布を調べるために、現在組換えタンパク質や、それぞれを特異的に認識する抗体の調製を試みています。


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