多核緑藻アオモグサの原形質膜の分離精製
生野 智昭(発生学・細胞生物学講座)

 セルロースは自然界で最も大量に生合成されるポリマーであり,細菌類,菌類,植物,動物といった生物界の広い範囲で出現する。しかし,セルロースの生合成に最も寄与しているのは植物である。セルロースは一般的に植物の細胞壁のなかでセルロースミクロフィブリルの形で存在する。セルロース分子はD-グルコースがβ-(1, 4)結合で重合した直鎖状の構造をもち,生体内では原形質膜に結合しているセルロース合成酵素複合体によって原形質膜上で直接合成,結晶化されると考えられている。高等植物においては,原形質膜画分及びその原形質膜を溶解して得られるタンパク質がUDP-グルコースを基質としてセルロースを合成することが報告されている。しかし,細胞破砕により,急速にセルロース合成活性が低下するため,セルロース合成酵素複合体の単離は非常に難しく,未だ成功していない。海産多核緑藻アオモグサ(Boodlea coacta)は,その細胞を破砕すると,多数のプロトプラストを形成する。このプロトプラストは速やかにセルロース性の厚い細胞壁を形成して再生する。本研究では,セルロース合成活性の回復能の高いアオモグサを用い,単離原形質膜からインビトローでのセルロース合成を試みた。
 原形質膜の単離・精製:アオモグサの藻体を氷上で細かく刻んだホモジネートを濾過し,43%sucroseクッションの上に載せ,14000 gで遠心した沈殿をミトコンドリア画分,上澄みをさらに100000 gで遠心した沈殿をミクロゾーマル画分とした。ミクロゾーマル画分では,原形質膜の指標酵素であるATPaseの比活性が6-7倍に増加したが,同時にゴルジ体膜,小胞体膜,ミトコンドリア膜の指標酵素の比活性も増加した。バナジン酸によって阻害されるATPaseの指摘pHは7.1で,その活性はMg2+によって促進された。ミトコンドリア及びミクロゾーマル画分を電子顕微鏡観察のために樹脂包埋して超薄切片を作製した。ミトコンドリア画分に多数の無傷の葉緑体やミトコンドリアが含まれたのに対し,ミクロゾーマル画分には細胞小器官は確認されず,閉鎖された膜小胞だけが含まれていた。最近,原形質膜を分離精製するための優れた精製方法として二相分配法(aqueous two-polymer phase system)が使われてきている。今回,ポリマーにdextran T500,PEG 3350を用い,アオモグサのミクロゾーマル画分から原形質膜の精製を試みた。緩衝液にTris-maleate (pH 7.6)を用いた時,ポリマー濃度と塩濃度にかかわらず,原形質膜をその他の膜から効率よく分離できなかった。一方,緩衝液をK-phosphate (pH 7.6)にしたとき,ポリマー濃度5.5%,塩濃度12 mmol/mL NaClの条件でATPaseの比活性がミクロゾーマル画分の12.6倍になり,クロロフィルや小胞体膜からほとんど完全に分離された。しかし,得られたタンパク質量はミクロゾーマル画分の424.5分の1となり,これは用いたアオモグサの1.78 x 105分の1であり,回収率は非常に低かった。
 原形質膜可溶画分のセルロース合成:ミクロゾーマル画分を0.1%digitoninで1時間可溶化した後,100000 gで遠心して得た上澄みをSE1とし,その沈殿をさらに0.1%digitoninで可溶化して100000 gで遠心して得られた上澄みをSE2とした。このSE1とSE2のそれぞれにUDP-グルコースを基質として与え,電子顕微鏡用のシートメッシュの上でセルロースが合成されたかどうかを時間を追って観察した。SE1では,セルロースの合成は起こらなかった。SE2では,基質を加えた後10分で小さな顆粒の集まった部分に細く短い繊維様の構造が現れ,20分で細く長く連なる繊維様構造が多数観察された。30分,1時間,2時間後のものもこれと同様であった。基質を与えていないSE2のコントロールでは,全体で数個の繊維様構造が観察されたが,その頻度は基質を加えたものと比べて10分の1以下であったので,少なくともSE2は繊維様構造物の生合成能をもつことがわかった。

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生野智昭・峯一朗・奥田一雄:「緑藻アオモグサ(Boodlea coacta)の原形質膜分画における繊維状物質の生成」,日本藻類学会第20回大会,船橋(1996)