褐藻クロガシラのセルロース合成酵素複合体に関する研究
田村 寛(発生学・細胞生物学講座)

 セルロースミクロフィブリル(CMF)は細胞壁の骨格要素として細胞の成長や形態形成の調整津に重要な役割を果たしている。CMFは,フリーズフラクチャー法によって観察される原形質膜内在のセルロース合成酵素複合体(terminal complexes=TCs)によって合成,結晶化されると考えられている。陸上植物,緑藻,紅藻について調べられてきた結果,TCsはTCsを構成するサブユニットの配列様式によっていくつかのタイプがあり,同じ系統群に属する植物は同じタイプのTCsをもつことがわかってきた。また,TCsの構造はそのTCsが合成するCMFの形態的特徴と関係することも指摘されている。しかし,今までに褐藻植物のCMFの形態及びTCsの構造については詳細に調べられていない。本研究では,セルロース性細胞壁をもつといわれている褐藻ワイジガタクロガシラを用い,その細胞壁形態,CMFの微細構造,TCsの構造を明らかにした。
 細胞をacetic-nitric reagentで処理し,酸不溶性繊維成分を得た。この線維性成分がセルラーゼを結合させたゴールド粒子に特異的にラベルされたことから,ワイジガタクロガシラの細胞壁にはCMFが存在することが確認された。CMFの形態は扁平なリボン状を呈し,幅は2.6〜30 nmで多様であった。これに対してCMFの厚さは2.6 nmで,ほぼ一定であった。いくつかのCMFの表面には,CMFの長軸方向と平行に数本の筋が観察された。成長した細胞の細胞壁は形態的に異なる4層(外層から順にI, II, III, IV)からなり,そのうち,III層はゴールドラベル法により,CMFを密に含むことが確認された。また,III層のCMFは細胞長軸にほぼ平行に配向していた。
 フリーズフラクチャー法によってワイジガタクロガシラ細胞の原形質膜割断面の観察を行った。原形質膜PF面(Plasmatic fracture face)には,CMFの先端に位置する膜タンパク質の集合体(TCs)が観察された。このTCsは直径約6 nmの顆粒状のサブユニットが一列に直線状に配列する構造であった。TCsを構成するサブユニット数は10〜100個の間で変化し,サブユニット数の増減により,TCsの長さは変化した。原形質膜EF面(exoplasmic fracture face)には,CMFの先端に位置する顆粒構造は観察されなかった。
 以上の結果から,TCsの構築様式とCMFの形態との間に密接な関係があることを前提として,CMFの結晶化について次のように推測した:(1) 各TCサブユニットはグルカン鎖が疎水結合した最小単位のセルロースシートを同時に合成する。(2) 隣接するセルロースシートは,原形質膜面に対して水平方向に疎水結合し,セルロースシートの幅を増加させる。セルロースシートの幅はTCsを構成するTCサブユニットの数で決まる。(3) その後,水素結合が一気に形成され,セルロースシートは結晶化したCMFとなる。

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田村寛・奥田一雄:「褐藻クロガシラ細胞壁におけるセルロ−スミクロフィブリルの形成」,日本植物学会第59回大会,金沢(1995)