抗アルギン酸抗体を用いた黄色植物の細胞壁の免疫電子顕微鏡法による観察
池 恩燮(発生学・細胞生物学講座)

 黄色植物門には,褐藻,黄緑藻,黄金色藻,珪藻,ペラゴ藻等が含まれる。これらの黄色植物門に属する藻類は,色素体にクロロフィルaとcをもつこと,色素体が4重の膜で包まれること,遊走細胞が管状マスチゴネマをもつ鞭毛を有すること等の共通の特徴を持つ。このうち褐藻は,多細胞の大型の体制に発達しk複雑な生活史をもつことから黄色植物門の中で最も進化したグループと考えられている。しかし,単細胞体制の褐藻はいままでに発見されておらず,褐藻の起源についてはよく分かっていない。鞭毛装置の構造が類似することから,黄金色藻の一種が褐藻と同じ起源であるという報告がなされているが,最近のSSU rRNAを用いた分子系統学的研究は,褐藻は黄金色藻よりもむしろ黄緑藻と近縁であるという結果を出している。一方,褐藻の細胞壁がアルギン酸を含むことは褐藻のみがもつ特徴と考えられてきた。それゆえ,褐藻の起源植物はアルギン酸をもっていたことが予想される。本研究では,黄色植物門の中で,アルギン酸の有無を調べ,褐藻と同一起源をもつ藻類を明らかにすることを目的とした。
 材料として,褐藻はクロガシラ目ワイジガタクロガシラ(Sphacelaria rigidula)とカヤモノリ目カヤモノリ(Scytosiphon lomentaria)を用い,黄緑藻はフシナシミドロ目フシナシミドロ属の一種(Vaucheria geminata)とフウセンモ属の一種(Botridium stoloniferum),トリボネマ目の一種(Tribonema sp.)を用い,黄金色藻はサルキノクリスィス目の一種(Giraudyopsis stellifer)と フクロコガネモ(Phaeosaccion collinsii)を用いた。併せて黄色植物門における新属新種のSchizocladia sp. nom. nudと,その他に緑色植物門のイワヅタ目ハネモ(Bryopsis plumosa)と紅色植物門イギス目フタツガサネ(Anthithamnion nipponicum)を用いた。微量の開く銀傘を化学的に分析するのは困難であることから,本研究では,免疫電子顕微鏡による方法を用いた。抗アルギン酸ウサギポリクローナル抗体は業者に依頼して作製した。電子顕微鏡観察のために,材料を固定後,LR white樹脂に包埋し,超薄切片を作製した。超薄切片を抗アルギン酸ウサギポリクローナル抗体で処理した後,コロイド金で標識した抗ウサギIgG抗体で処理した。電子顕微鏡で観察すると金粒子の付着している場所にアルギン酸が存在することが確認された。
 褐藻と黄緑藻では,調べたすべての種でアルギン酸の存在が確認された。黄金色藻では,アルギン酸は確認されなかったのに対し,Schizocladia sp. nom. nudでは,アルギン酸の存在が確認された。また,紅藻と緑藻でもアルギン酸は確認されなかった。
 本研究は黄緑藻がアルギン酸をもつことを初めて明らかにした。このことは,褐藻が黄緑藻と同一起源を持ち,アルギン酸は褐藻と黄緑藻が派生する以前に獲得されたことを示唆する。また,最近Phaeothamnion属が褐藻と黄緑藻の両方に大きな親和性があることが報告されている。本研究で用いたSchizocladia sp. nom. nudは,Phaeothamnionと細胞構造がよく一致する。このようにSchizocladia sp. nom. nudがアルギン酸を有するという結果は,黄緑藻が褐藻と起源を共有することをよりいっそう支持すると考えられる。

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池恩燮・川井浩史・峯一朗・奥田一雄:「抗アルギン酸抗体を用いた黄色植物の細胞壁の免疫電顕観察」,日本植物学会第61回大会,習志野(1997)