多核緑藻バロニアにおける傷害治癒時のアクチンフィラメントの挙動
佐藤 健(発生学・細胞生物学講座)

 ミドリゲ目に属するバロニア(Valonia utricuralis)は,ひとつの細胞が全長10数mmに達する袋状の巨大な多核細胞である。この細胞が切断されると,切断直後に原形質の端が渉外を受けた位置から細胞壁を残して退き,3分以内に原形質の切断によって開いた穴のの周辺が巾着の口を閉じるような収縮運動を起こして穴を塞いでいく。これと同時に,原形質全体が切断面に対して垂直方向に収縮する。そして,30分〜90分以内に袋状の構造を回復する。この急速な収縮運動にアクチンフィラメントや微小管などの細胞骨格系が関与していることが予想される。本研究では,バロニアを切断または穿孔などによって渉外を与え,原形質内のアクチンフィラメントを間接蛍光抗体法で染色して落射蛍光顕微鏡で観察した。そして,収縮運動に伴うアクチンフィラメントの経時変化を調べることにより,バロニアの傷害治癒における細胞骨格系の約割を明らかにすることを目的とした。
 通常,バロニアの原形質中には,アクチンフィラメントは葉緑体の分布する層に葉緑体の間を縫うように網状に分布していた。細胞を細い針で穿孔または剃刀で切断することで傷害を与えると,傷害から1分以内に細いアクチンフィラメントが出現し,傷害によって開いた開口部の原形質の端から原形質の途切れた領域へ伸長した。傷害後3〜5分(開口部の原形質が穴の内側へ収縮を開始する直前)で,開口部の周囲の原形質の端に開口部を取り囲むように環状のアクチンフィラメントが出現した。開口部の原形質が収縮するにつれ,アクチンフィラメントの環の直径が減少した。切断による傷害の場合は切断後5分で,穿孔による傷害の場合は穿孔後8分で,原形質全域に細胞の長軸方向に平行に配列するアクチンフィラメントの束が多数出現した。このアクチンフィラメントの束は傷害の位置と大きさにかかわらず,細胞の長軸方向に平行に配列したが,傷害によって開いた開口部の周辺では,環状に配列するアクチンフィラメントの束と結合していた。出現する位置と出現に要する時間から,傷害直後に現れて原形質の端から開口部に伸びるアクチンフィラメントは,原形質を傷害を受けた場所から退かせる約割をもつと考えられる。傷害を受けて開いた穴を縁取るように現れる環状のアクチンフィラメントは,その収縮により開口部を塞ぐ約割をもっていると考えられる。細胞の長軸方向に伸長するアクチンフィラメントは,原形質全体を細胞の長軸方向に収縮されていると考えられる。

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佐藤健・峯一朗・奥田一雄:「多核緑藻バロニアのアクチンフィラメントの観察」,日本植物学会第61回大会,習志野(1997)