緑藻ミカヅキモの成長過程におけるセルロース合成酵素複合体の集団構築の解析
鍋島 由美(発生学・細胞生物学講座)

 ミカヅキモ(Closterium ehrenbergii)は単細胞の淡水緑藻で,対照的な形の2つの半細胞からなる体制を持つ。細胞の二分裂によって無性生殖し,母細胞は中央で分裂して半細胞の形の2つの嬢細胞が生じる。各嬢細胞の成長は母細胞から分裂した側面で起こり,それぞれが母細胞の形になるまで成長が続く。半細胞が成長するとき(一次成長)に形成される細胞壁を一次細胞壁と呼び,半細胞の部分が成長した後で形成される(二次成長)細胞壁を二次細胞壁という。一次細胞壁形成期では,セルロースミクロフィブリル(CMF)は原形質膜直下に存在する細胞表層微小管(MT)の制御を受け,互いに平行に沈着する。これに対し,二次細胞壁形成期には,CMFが数本の束を形成し,各束が異なる方向に沈着する。ミカヅキモのCMFは,原形質膜(PM)に存在するロゼット型のセルロース合成酵素複合体(TC)によって合成されると考えられている。一次細胞壁形成期では,ロゼットは単独で存在するか,あるいは2-7個のロゼットが1列直線状に配列した列集団を形成する。一方,二次細胞壁形成期には,ロゼットの列集団が複数列並列し,ヘキサゴナルアレイと呼ばれるロゼットが規則正しく配列した大きな集団を構成することが報告されている。しかし,一次細胞壁形成から二次細胞壁形成への移行の過程でロゼットの配列と集団構成がどのように変化し,調節されているかについては全く明らかにされていない。本研究では,フリーズフラクチャー法によってミカヅキモの一次および二次細胞壁形成におけるロゼットの分布、配列及び集団の構築の変化を調べた。
 一次細胞壁形成の初期では,ロゼットは単独で存在したが,成長が進むにつれ複数(2-4個)のロゼットが1列直線状に配列して列集団を構成した。異なる列集団は互いに平行に分布した。一次細胞壁形成の後期になると,列集団を構成するロゼットの数が増え(3-6個),さらに個々の列集団が2-6列隣り合ってお互いの側方に並列する集団も見られた。この時期の列集団の列の方向は必ずしもお互いに平行ではなく,沈着するCMFは太いものが多くなった。二次細胞壁形成においては,殆どの場合6-11本の平行なCMFが束になって沈着した。異なる束はランダムな方向に沈着した。原形質膜では,2-10個のロゼットからなる列集団が7-10列並列して構成されるヘキサゴナルアレイ(ロゼット総数約50-80個)が出現した。ヘキサゴナルアレイを構成する隣り合った3つのロゼット間の距離が等しいので,ヘキサゴナルアレイ全体はロゼットの中心を頂点とする多数の正三角形からなる六角形を呈した。それゆえ,列を構成するロゼットの数が側方列より中心列の方へ徐々に増加した。しかし,二次細胞壁形成の初期では,全てのロゼットがヘキサゴナルアレイを構築しているのではなく,一次細胞壁形成の後期に見られた、列になったロゼットが4-5並列した集団も存在した。そこで,両者のロゼット集団の構成の違いを調べるため,集団内で隣り合うロゼット列間の距離を測定した。列になったロゼットが2-6列並列する集団では,列間距離は平均36.9nmであった。しかし,4列以上並列する集団に限れば,列間距離は平均31.5nmであった。これらの場合,集団内で隣り合う3つのロゼットは正三角形を形成しているものは少なく,全体として均整の取れた配列構成ではなかった。一方ヘキサゴナルアレイでは,集団内で隣り合うロゼット列間の距離は平均28.7nmであり、並列する列集団におけるものより短かった。このことは,ヘキサゴナルアレイの隣り合う列集団は,隣り合う3つのロゼットの中心間の距離が等しくなるように密に結合し,ヘキサゴナルアレイ全体が1つのTCとして安定した集団を形成していることを示唆した。
 一次および二次細胞壁形成期のゴルジ小胞中では,ロゼットが複数列並列する集団を構築していた。MTを阻害した細胞では,一次成長期の時間帯で列集団の方向がランダムになった。また,ロゼットの複数列集団は対照の細胞よりも早期の時間帯に出現した。
 以上のように,ミカヅキモにおいては一次細胞壁形成から二次細胞壁形成へと移行する過程で,ロゼットの集団パターンが,一列直線状の集団からそれらの列集団同士並列した集団へ,さらにヘキサゴナルアレイへと大きく変化することが明らかになった。二次細胞壁形成の開始前約1時間(細胞分裂後5-6時間)で,列集団の大きさが急速に増加し,かつ,ロゼット配列の対称性が顕著になることも明らかになった。ゴルジ小胞によってロゼットの複数列集団がPMに供給されることと,MT阻害細胞において,複数列集団の出現時期が早まることから,以下のことが推察された:ロゼットの集団構築はゴルジ体の働きであり,ゴルジ体がロゼットを構築するタイミングを,細胞の成長時間と同調させるしくみが存在する。このしくみは,一次成長から二次成長に伴ってMTが脱重合するタイミングも制御する。そのため,列集団の方向を決めているMTを阻害しても,ゴルジ体におけるロゼットの集団構築の進行は影響を受けない。しかし,MTの存在は,ゴルジ小胞によるPMへのロゼットの供給を制御し,複数列集団の出現時期を決定している。

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鍋島由美・峯一朗・奥田一雄:「ミカヅキモの成長過程におけるセルロ−ス合成酵素複合体の集合パタ−ン」,日本藻類学会第22回大会,下田(1998)