多核緑藻キッコウグサの分割細胞分裂における原形質運動とアクチンフィラメントの動態
湯浅 健(発生学・細胞生物学講座)

 キッコウグサ(Dictyosphaeria cavernosa)はミドリゲ目に属する緑藻で,熱帯・亜熱帯の海の潮間帯上部に生育する。藻体は多数の核を含む細胞から構成される。キッコウグサの体形成においては,まず生殖細胞が発生して単細胞対のまま成長する。その後,ミドリゲ目特有の分割細胞分裂によって一度に多数の嬢細胞が形成され,多細胞体に発達する。分割細胞分裂では,母細胞の原形質が同時に多数の原形質塊(プロトプラスト)に分割され,それぞれの原形質塊が膨張して嬢細胞となる。この間,核分裂は起こらない。微小管はキッコウグサの分割細胞分裂には関与しないことがすでに明らかになっている。本研究では,キッコウグサの分割細胞分裂における原形質運動の過程とアクチンフィラメント(AF)の役割を明らかにするため,綱アクチン抗体を用いた間接蛍光抗体法によってAFの挙動を調べた。
 未分裂細胞では,核と葉緑体は細胞壁の内側全体にわたって薄く均一に存在している。AFは葉緑体や核を囲むように配列し,原形質全体にわたって網状に分布する。分割細胞分裂は暗期開始後約6時間で始まり,4-5時間で終了した。本研究によって,分割細胞分裂の進行様式には異なる3つの様式(G型,S型およびR型)が存在することが明らかになった。G型とS型は細胞分裂が最後まで進行する様式であるのに対し,R型では,分裂が途中で停止して元の未分裂細胞に戻った。分裂細胞の約8割はG型の様式で分裂した。G型では,分割細胞分裂は5つの段階に分けられた。I. 細胞分裂の最初の段階では,原形質が局所的に凝集して多数の小粒塊を形成した。原形質はその領域で局所的に密集し,他の部分より密度が高い。このとき,小粒塊の中央部から束になったAFが放射状に配列した。II. 隣り合う小粒塊がお互いに融合し,さらに大きな不定形の凝集塊となった。このとき,束になったAFは隣接する凝集塊の愛大にそれらを繋ぐように分布した。III. 凝集していた原形質塊が弛緩して薄板状となった。凝集塊の間に分布していた束状のAFは消失し,新たにリング状のAFが出現した。IV. 薄板状の原形質塊の間で液胞膜と原形質膜が融合して原形質に穴が開く段階では,周囲のリング状のAFとともに,穴の周辺に沿って分布する束状のAFが存在した。V. 穴の拡大が進んで原形質全体が網目状になり,その後,嬢細胞の原形質に分割される段階では,AFは葉緑体を囲むように網状に分布した。
 分裂細胞の約1割はS型の様式で分裂した。S型では,3つの段階で分裂が進行した。I. 細胞分裂の最初の段階において,原形質は広い範囲で同時に多数の原形質塊に分断された。このとき,束状のAFが原形質塊の縁を取り巻くように渦巻き状に分布した。II. 原形質の運動およびAFの挙動ともにG型のIIと同様であった。III. 原形質が凝集する運動が停止し,原形質凝集領域の周辺に沿って帯状の原形質領域が形成され,そこに束状のAFが集合した。隣接する小粒塊および帯状原形質領域が互いに融合した。その結果,原形質は未分裂細胞と同様の均一な分布状態になり,AFは葉緑体を囲む網状の分布に戻った。
 アクチン重合阻害剤Mycalolide Bで処理した分裂中の細胞は分裂を停止した。阻害剤で処理した細胞のAFは顕著に断片化していた。これらの結果から,AFは分割細胞分裂における原形質の凝集,融合,弛緩,分断化を含む種々の運動に密接に関係していることが明らかとなった。それぞれの運動が起こる部位および方向と,その時に出現するAFの分布および配列様式を比較し,AFが原形質運動に関与するしくみを考察した。

題目一覧へ

湯浅健・峯一朗・奥田一雄:「多核緑藻キッコウグサの分割細胞分裂とアクチンフィラメント」,日本植物学会中国四国支部第56回大会,高知 (1999)

湯浅健・奥田一雄:「ミドリゲ目緑藻キッコウグサの分割細胞分裂における原形質の運動機構」,日本藻類学会第24回大会,長崎 (2000)

佐藤友則・湯浅健・関田諭子・奥田一雄:「ミドリゲ目緑藻キッコウグサの分割細胞分裂の光阻害とアクチンフィラメントの動態」,日本植物学会第76回大会,兵庫県立大学(姫路書写キャンパス),姫路市(2012)9月17日(15-17)