海産多核緑藻バロニアの原形質流動とアクチン細胞骨格
櫻井 納美(発生学・細胞生物学講座)

 バロニア(Valonia utricularis)は巨大な多核細胞からなる海産緑藻である。細胞の原形質は中心液胞と細胞壁の間に連続した薄い層として存在し,多数の葉緑体と核が均等に分布する。バロニア細胞では,いままでに葉緑体や核が移動するという報告がないので,原形質流動が起こらないと考えられてきた。本研究では,顕微鏡とタイムラプスビデオを用いて,バロニア細胞において原形質流動が起こる事実を始めて明らかにした。
 同一視野において一定時間毎に特定の葉緑体の位置をビデオで記録し,その葉緑体がどのように移動するかを調べた。葉緑体の移動バターンは,細胞全体として一定ではなく,細胞の場所によって,または時間によって様々に変化した。任意の場所における葉緑体の移動には,以下の(1)〜(6)に示すパターンがみられた。(1) 微動型:移動速度が遅い。(2) 直進型:一方向に比較的速い速度で移動する。(3) 方向転換逆転型:移動方向が逆転する。(4) 方向転換ねじれ型:移動軌跡が湾曲し,ねじれるように方向転換する。(5) 集合型:特定部位に向かって求心的に移動する。(6) 拡散型:特定部位から遠心的に移動する。これらのことから,バロニア細胞全体では,(1)〜(6)の流動パターンが複雑に組み合わさった原形質流動が起こっていると考えられる。バロニア細胞で起こるこのような原形質流動のパターンはいままでに報告されていない。
 植物の原形質流動には,アクチンフィラメント(AF)または微小管(MT)からなる細胞骨格が関与することが知られている。バロニア細胞における原形質流動にAFとMTが関与するかどうかを調べるために,間接蛍光抗体法によってAFとMTの細胞内分布を観察した。さらに,AFとMTの機能を阻害する薬剤の原形質流動に及ぼす効果を調べた。AFは原形質全体にわたって網状に分布し,その一部は葉緑体と核の周囲を取り囲んだ。サイトカラシンAおよびDは原形質流動を阻害しなかった。しかし,細胞をミカロライドBで処理すると,速やかに原形質流動が停止した。ミカロライドBで処理した細胞では,AFは完全に破壊されていた。また,ブタノディオンフェノキシム(BDM)も原形質流動を阻害し,AFを換算に破壊した。BDMで処理した細胞をBDMを含まない培地に移すと,4時間以内にAFが再構築され,それとともに原形質流動が再開した。一方,バロニア細胞には,原形質膜直下に分布する表層MT系と核周辺MT系が存在する。アミプロフォスメチルは,これらのMTを完全に破壊したが,原形質流動は阻害されなかった。以上のことから,バロニア細胞で起こっている原形質流動には,MTではなくAFが関与していることが示唆された。
 バロニア細胞において,AFがどのように原形質流動に関与するかを調べるために,細胞を遠心して原形質を一方向に移動させた。葉緑体は遠心基端側で疎に,遠心末端側で密に分布し,延伸方向に沿って原形質密度の勾配が生じた。また,原形質内のAFの配列様式も変化し,遠心基端から末端方向へ順に,延伸方向に長く伸びた筋状,網目の大きい網状,網目の小さな網状の分布を示した。遠心後の細胞におけるAFの配列変化と葉緑体の移動のパターンとの関係を調べた。AFが筋状または網目の大きい網状に分布する部位においては,遠心後4-5時間までは,散在していた葉緑体が移動した。近接の葉緑体が集まって数個から数十個の葉緑体集団を多数形成した。集団形成後,これらの葉緑体は一定期間動きを止めた。一方,AF間を連結する新たなAFが形成され始めた。AFの再構築によって,網目の大きい網状AFは網目の小さな網状AFへ,さらに筋状AFは網状AFへと変化した。網目の小さな網状AFが構築された部位では,葉緑体や核を含む原形質が遠心基端方向へ移動した。その原形質流動は遠心末端側部位から始まり,順次基端側部位へ拡がり,それによって葉緑体集団のスペースが消失した。遠心後5-7日で,原形質が細胞全体に均等に分布するようになった。このように,AFは遠心によってその分布を変化させられても再び網状分布を構築すること,およびAFの網目状構造が原形質を均等分布させるための原形質流動に重要な役割を果たしていることが明らかとなった。

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櫻井納美・峯一朗・奥田一雄:「遠心によって誘導される多核緑藻バロニアの原形質運動と細胞骨格」,日本藻類学会第22回大会,下田 (1998)

奥田一雄・櫻井納美・峯一朗:「多核緑藻バロニア細胞の原形質運動の誘導とアクチンの動態」,日本植物学会中国四国支部第55回大会,米子 (1998)

櫻井納美・奥田一雄:「海産多核緑藻バロニアの原形質流動」,日本植物学会第64回大会,静岡(2000)