短期の温度ストレスに対するクシハダミドリイシ(Acropora hyacinthus)の細胞微細構造変化

       理学コース 生物科学分野         前田 将吾

 多くの造礁サンゴは,ポリプと呼ばれるイソギンチャク型の個虫が共肉によって多数繋がる群体を形成し,褐虫藻と呼ばれる渦鞭毛藻類(Symbiodinium spp.)を細胞内に共生させている。近年,白化や病気によりサンゴの減少が大きな問題となっており,サンゴと褐虫藻の共生関係は高水温,紫外線,細菌による攻撃などの様々な環境ストレスにより崩壊し,サンゴは共生する褐虫藻を排出,または消化することが知られている。先行研究によれば,サンゴ組織中の褐虫藻密度は,サンゴ群体全体もしくはポリプの褐虫藻数やクロロフィル量を測定しているが,ポリプの組織部位別に褐虫藻の分布密度の違いや変化を調べた例は少ない。また,環境ストレスに対するサンゴの影響を調べた先行研究の多くは,数時間,もしくは数日間のストレスを与えている。しかし,ストレス後数分で,もしくは実際に褐虫藻が排出され始める時点でポリプの細胞微細構造変化を観察した例はほとんどない。
 本研究では,クシハダミドリイシのポリプの各部位における褐虫藻の分布密度を明らかにし,褐虫藻密度の最も高い組織部位において,短期の温度ストレスに対する細胞微細構造変化を明らかにすることを目的とした。
 横浪半島沿岸から採集した本種群体を数日間25℃の水槽で馴化させ,定法に従って固定・包埋した。ポリプ全体を約600枚の連続切片にし,光学顕微鏡観察によってポリプを立体構築した。ポリプは異なる7つの組織部位からなった。褐虫藻は胃層にのみ共生しており,皮層と間充ゲルには存在しなかった。ポリプ各部位の褐虫藻の分布密度は,触手,体壁,口道,底盤,隔膜,口盤,隔膜糸の順に低くなった。触手は褐虫藻の分布密度が最も高く,各部位と比較して有意差が見られたので,以下の実験では,触手の微細構造に及ぼす温度ストレスの影響を調べた。
 野外から採集されたサンゴ群体の断片を用い,培養温度を25℃から31℃へ上昇させて温度ストレスを与えた。高温ストレス開始後数分間で,ポリプの口から褐虫藻が遊離し始めた。高温ストレスを与え始めた後0分(コントロール),10分,22分,1時間でサンゴを化学固定し,脱水・包埋し,触手の超薄切片を透過型電子顕微鏡で観察した。触手の胃層において,サンゴ細胞は細胞質が均一に存在し,細胞質間に電子密度のない構造(本研究では小胞と定義)を観察した。10分では,小胞の周囲の細胞質が疎となり,低電子密度となる現象(本研究では細胞質の断片化と定義)が観察された。22分では,細胞質を断片化させる小胞が拡大し,1時間では,これらの肥大化した小胞同士が融合し,大きな小胞に発達した。しかし,皮層と褐虫藻の細胞微細構造に変化は見られなかった。
 小胞の割合と大きさを測定した結果,時間経過とともに,胃層でのみ増加し,ストレス開始後22分と1時間でコントロールとの間で有意差があった。小胞の増加は特に胃腔側のサンゴ細胞の方が顕著であった。一方,胃層に分布する褐虫藻の密度は,温度ストレスを与えた時間に従って減少し,ストレス開始後1時間でコントロールとの間に有意差がみられた。褐虫藻の分布密度の減少も胃腔側のサンゴ細胞で顕著であった。
以上の結果から,短期の温度ストレスに対する本種の細胞微細構造変化は,胃層の胃腔側のサンゴ細胞において,細胞質の断片化と小胞の肥大化によって細胞が崩壊し,細胞内の褐虫藻が遊離し,その結果,褐虫藻が胃腔内に脱落してポリプの口から排出されることが示唆された。

 

小島春香・原田暢弥・前田将吾・関田諭子・奥田一雄:「サンゴ組織内の褐虫藻の分布および微細構造」,日本サンゴ礁学会第13回大会,つくば市(2010)

小島春香・原田暢弥・前田将吾・関田諭子・奥田一雄:「サンゴ組織内の褐虫藻の分布および微細構造」,四国自然史科学研究センター設立10周年記念シンポジウム、高知市(2012)