多核緑藻ホソバロニアのレンズ状細胞の形成位置を決定する要因

  理学コース  生物科学分野              副島 美和

 ホソバロニア (Valoniopsis pachynema) はシオグサ目に属する熱帯性の海産の多核緑藻で,不規則に分岐した匍匐糸状の体制をもつ。細胞は円筒状を呈し,それぞれの枝細胞の間に隔壁がある。本種は、ミドリゲ目バロニア科に分類されているバロニア属の種に特有のレンズ状細胞形成による細胞分裂を行い,また,そのレンズ状細胞形成には微小管が関与することが示唆されている。本研究では,ホソバロニアのレンズ状細胞形成の過程を詳細に明らかにし,レンズ状細胞が形成される位置を決定する要因を細胞生理学的に研究した。
 フィリピン・ルソン島北部で採集されたホソバロニアを単藻培養し,先端を含む種々の長さの細胞断片を実験材料とした。レンズ状細胞は長さ14 mm以上の細胞断片で形成され,また,レンズ状細胞の形成は先端から基端側へ4-7 mm離れた位置で起こった。以後,長さ15 mm以上の細胞断片を用いることにした。先端部を切除した細胞断片は,切断面のすぐ側面にレンズ状細胞を形成した。先端から5mm以内の位置で,糸で縛る(結索する)ことにより,原形質を分断した細胞断片は,必ず結索部の基端側にレンズ状細胞を形成した。しかし、先端から5㎜以上離れた位置での結策処理はレンズ状細胞の形成を誘導しなかった。レンズ状細胞を形成していない約15 mmの細胞断片を、均等な長さで3つに分断すると、先端を含まない中間部の分断片が最も早くレンズ状細胞を形成した。複数のレンズ状細胞が近接して形成される時,後から形成される細胞は先に形成された細胞よりも基端側に連続して形成された。1個目のレンズ状細胞が形成された直後に1個目に形成されたレンズ状細胞の位置よりも先端側または基端側に結策処理を行うと、その後の形成されるレンズ状細胞は先に形成された細胞よりも基端側に連続して形成された。これらの実験より,細胞先端部は細胞分裂を阻害する作用をもち,その作用の大きさは細胞先端部から基端方向へ小さくなり,その結果,阻害作用が働かない位置でレンズ状細胞が形成されると推察された。また、細胞の結策処理はレンズ状細胞の形成を誘導するが,誘導の成立には先端からの距離が関係し,先端から基端側へレンズ状細胞の形成を促進する勾配の存在が示唆された。
 レンズ状細胞の形成および形成位置の決定に微小管が関与するかどうかを調べるため,微小管破壊剤アミプロフォスメチル(APM)の効果を調べた。6-60時間のAPM処理後にレンズ状細胞の形成を誘導するために細胞断片を結索した場合と,細胞断片を結索した後に6-60時間でAPMの処理を行った場合のどちらにおいても,レンズ状細胞の形成は起こらなかった。一方、10分間の微小管破壊処理後に細胞を結策すると、結索部の基端側に葉緑体を含む細胞質が凝集したが,レンズ状細胞は形成されなかった。その代わり,隔壁のない枝が突出した。1時間のAPM処理後にAPMを含まない培地に戻して培養すると、複数のレンズ状細胞が形成されたが,それらのレンズ状細胞はランダムな位置に形成された。これらの結果は,微小管はホソバロニアのレンズ状細胞形成に不可欠であり,かつ,レンズ状細胞形成の位置決定に密接に関与することを示唆する。

 

副島美和・関田諭子・奥田一雄:「多核緑藻ホソバロニアのレンズ状細胞の形成位置を制御する機構」,日本藻類学会第35回大会,富山市(2011)