昇温ストレスにおけるハナヤサイサンゴ(Pocillopora damicornis)の細胞微細構造変化
理学コース   生物科学分野      北田 悠

 多くの造礁サンゴは、ポリプと呼ばれるイソギンチャク型の個虫が共肉によって多数繋がる群体を形成し、褐虫藻(zooxanthellae)と呼ばれる渦鞭毛藻類(Symbiodinium spp.)を細胞内に共生させている。造礁サンゴは褐虫藻と共生することで生存のためのエネルギーを獲得し、サンゴ礁の形成によって生物多様性の維持に重要な役割を果たしている。近年、サンゴ-褐虫藻の共生関係の崩壊によるサンゴの減少が問題視されており、水温上昇などの環境ストレスが加わることでサンゴ細胞が褐虫藻の消化または排出することにより起こることが知られている。先行研究では、ハナヤサイサンゴに0~60分の短時間高温度ストレス下で細胞微細構造変化が観察され、胃層組織が選択的に崩壊することが明らかにされている。本研究では,サンゴの高温ストレスの細胞組織に及ぼす影響を検証するため,超薄切片法によってサンゴ細胞の微細構造を調べた。 高知県土佐市横浪半島沿岸で採集したハナヤサイサンゴ(Pocillopora damicornis)を25℃の水槽で7日間馴化した後,群体の小断片を実験水槽に移した。実験水槽の温度を25 ℃から31 ℃まで1時間に1 ℃ずつ昇温させ、実験開始後1(25 ℃対照), 2, 3, 4, 5, 6, 7(31 ℃)時間で群体小断片を化学固定した。固定したサンプルは脱灰した後,アセトンで脱水し,スパー樹脂に包埋して超薄切片を作製し,透過型電子顕微鏡で観察した。
 褐虫藻は胃層の細胞内にのみ共生しており、皮層細胞、間充ゲルには存在しなかった。実験開始後1時間と2時間では,皮層と間充ゲル、胃層の組織形態に変化はなかった。実験開始後3時間で,皮層と胃層組織の少数の細胞内に顆粒物質を含む小胞または空隙が観察された。これらの小胞または空隙は実験開始後4-5時間で増加し,さらに実験開始後6時間では,小胞または空隙が大きくなり,細胞質が断片化する細胞数が多数観察された。細胞質の断片化の程度は胃層よりも皮層の細胞が顕著であった。実験開始後7時間になると,皮層と胃層組織は大きな空隙をもつ細胞が大部分を占めた。一方、褐虫藻の細胞構造は昇温による影響は見られなかった。胃層組織の主に褐虫藻を含まない細胞が断片化し,褐虫藻を含む細胞との接着面が減少した結果,胃層組織の細胞間隙が拡大した。

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