Photo Gallery - Part 3  北マリアナ編

◆ 画像をクリックすると拡大写真が見られます ◆



 東京大学地震研究所の加藤照之さんに誘われて,2003年1月,北マリアナ諸島GPS観測に参加しました.サイパンから北へ伸びる火山島に上陸してGPS観測器材を設置するものです.すでに何年か前から加藤さんを中心にして観測が行われていたのですが,諸島の北部は含まれていませんでした.今回からはこれらも含めて,再挑戦です.
 九州大学地震火山観測研究センターの松島健さんと私が担当したのは最北端の3つの島で,直線距離で片道650kmあります.船で4泊5日揺られました.サイパンに近い4つの島には,加藤さんと京都大学大学院生の瀧口さんがヘリコプターで器材を設置しました.
 太平洋の最後の秘境と言うたとえを実感しました.


赤い枠で囲まれた領域が北マリアナ諸島です.地理,歴史,地学的にも日本と深いつながりがあります.太平洋プレートがフィリピン海プレートの下に「ストンと」沈み込んでいます.
北マリアナ諸島はフィリピン海プレートの上に位置するはずなのに,プレート本体の運動から取り残されています.それは,マリアナトラフが開いている証拠を示しています.

より詳細に知りたい方は下記の論文をお読みください.
  Kato T. et al., Geodetic evidence of back-arc spreading in the Mariana Trough, Geophys. Res. Lett., Vol.30, No.12, 2003.


北マリアナ諸島の中心はサイパン.日本との歴史的なつながりが深い.ここから航海が始まる.

Emergency Management Office (EMO)のオフィス外観.サイパン中部の小高い丘の上にある.地震,火山,台風,その他すべての緊急事態に対処する.
旧日本軍の最後の司令部跡.戦闘で破壊されている.魚雷,高射砲,戦車などの残骸も展示してある.
Division of Land and Surveys.サイパン側の基準点とする.屋上に三脚が見える.
司令部の後は断崖絶壁のスーサイドクリフ.ここからも多くの人が身を投げた.逆光のせいだが,なんだか凄い写真になった.
屋上の観測点とEMOの地震観測スタッフ.2人とも北マリアナへの航海に同行した.
この日は2003年台風1号が接近中で,以後2日間サイパンに足止めされた.
スーサイドクリフの上部から.落差は200mある.下を通る車が本当に小さい.
サイパン国際空港内.これもサイパンの基準点のひとつ.
中央遠方にバンザイ岬の慰霊碑が見える.
サイパン北端のバンザイ岬.サイパンの中では日本にもっとも近い.第二次大戦末期に多くの民間人がここから身を投げた.
バンザイ岬に建つ慰霊碑.思わず手を合わせる.


これから北マリアナ諸島最北端まで片道650kmの航海.我々が乗るKAIYU III.

これから5日間の住居兼足となるKAIYU III (海遊3).15トン,巡航速度10ノット.乗員3名,EMOスタッフ5名,日本人2名,警察官,国立公園監視官,合わせて12名が乗った.
サイパンの観光名所マニャガハ島.ながめるだけで,ビーチに横になることはできなかった.
出航直後.台風の影響が残り,風が強い.
外洋へ出たら突然ひどく揺れだした.トローリングで時折魚がかかる.喜んで写真を撮ったが,そのうち1mクラスの獲物も珍しくなくなった.


北マリアナ諸島の中で最大のパガン.今回の行程の中ほどに位置する.

サイパンを出た翌日の朝,パガンに到着.最大の島で,日本海軍の飛行場もあった.1981年に大規模噴火を起こし,現在は無人島.
ヘリコプター燃料をドラム缶2本分デポする.
前日に東大地震研の加藤さんがヘリコプターを使ってGPS観測装置を設置.中央に小さく三脚が見える.
パガン遠景.向かって左が1981年に噴火した火山.左右の火山とも標高500m以上ある.


サイパンから直線距離で480km.最初の上陸地点,アスンシオン

船で2晩揺られていい加減飽きた.最初の上陸地アスンシオン.完全な円錐形の火山島で,中央は標高850mを越す.ボートで上陸し,崖を登ってから,ジャングル内を水平にトラバースする.
海にせり出した溶岩台地の上に観測点がある.帰りもジャングル内を進むのは嫌だ.強引にここからボートを出す.しっかり濡れました.
GPS観測になんでライフルが要るわけ?
ジャングル内で見かけたヤシガニ.体長30cmほど.非常に美味(だそうです).
ジャングルを1時間歩いてやっと観測点に着く.波と風向きが悪く,近くにボートを着けられなかった.
同じくジャングル内の木にぶら下がっていたフルーツコウモリ.これも珍味(だそうです).
やっと観測開始.太陽電池と車用バッテリーで電源をまかなう.


火山の火口壁からなるモーグ.クレーターは湾になっていて,波も静かで一息つける.

火山の火口壁が3つの島を形成している.湾内は非常に穏やか.台風のときの船の避難所にもなっている.
湾内のどこから見ても周囲は火山の火口内部.溶岩の重なりを見ることができる.また,ここは野鳥天国.
火山の火口内部の斜面に立っているわけなので,すぐ後が崖になっている.
観測点(中央下部の三脚)のすぐ近くまで崖が迫っているのがよくわかる.
ここは接岸が容易.停泊中もくつろげる.次のウラカスまでの時間調整で一晩停泊したが,それまでの大揺れと比べて,何と快適だったことか.


サイパンから650km,北マリアナ諸島最北端のウラカス.今でも時折噴煙を上げる.

最北端のウラカス.絶海の孤島,海の秘境という表現がぴったり.
こりゃどう見たって海賊か山賊だね.松島さん撮影.
従来の観測点は,わずかに草が生えた台地上にある.しかし,近くに上陸できそうな場所がない.
任務終了,これよりサイパンへ向けてUターンする.その前にウラカスを1周する.これは南東側から.
従来の観測点は放棄する.船が着けられる場所に新しい観測点を作ることにして上陸する.船の舳先を岩に押しつけている間に飛び移る.いわゆる磯渡し.銭洲の経験が生きる.
ウラカスの回りを回っているうちに,トローリングで大物が釣れた.刺身にして手づかみで食べた.
金属標を岩場に固定し,新しい観測点で観測開始.


再びパガン.帰りはここから飛行機でサイパンへ戻る.

旧日本海軍の飛行場跡.1981年の噴火で流れ出た溶岩が,飛行場の半分を埋め尽くした.
小型といえども,お尻にもプロペラが付いていてかなり高性能.3列シートで5人乗り.
溶岩流の先端.
右側が1981年に噴火したパガン島北側の火山.遠方は南側の火山.2つの火山島が溶岩流でつながった.
米軍の爆撃で破壊されたゼロ戦.想像していたよりずっと小さい.滑走路は爆撃でできた円錐形の穴だらけ.
火口内部を覗く.パイロットに注文して火口の周りを2周した.
昔の防空壕を利用してEMOが地震観測をしている.今でもときおり火山性地震が発生する.
同じく火口内部.
泥流が流れた跡.厚さ1.5mある.後は昔の教会.
昔の小規模なクレーターと湖.
数日前に加藤さんたちが設置していったGPS観測装置.
パガン島北端からほぼ全島を望む.
日本人2人を迎えにサイパンから飛んできた小型機.溶岩流のすぐ手前でやっとこさ止まる.
手前の茶色い部分が1981年噴火の溶岩流.その左上に見える草原が飛行場跡.我々が離陸した滑走路も見える.岬の沖合いに見える白い点がKAIYU III.これよりサイパンまで1時間半のフライト.


追記
 パガンから1時間半でサイパン着のはずだったのですが,スコールのため視界不良となって,急遽となりのテニアン島に着陸しました.ここで1時間雨宿りしてからサイパンに帰りました.
 4泊5日の旅,疲れましたが充実していました.

Part 1 導入編
Part 2 神津島・銭洲編
Part 4 バンダアチェ(スマトラ)編