2016 生物学概論 II
1/17 の質問

第 5 回の講義(1 月 17 日)の質問への回答です。

欠席して宿題を受け取らなかった,あるいは提出しなかった人へ。
あとからで構いませんので,必ず全部提出してください。
期末試験の日までは受け付けます。
それ以降に提出しても,見てコメントは書きます。
しかし,成績の決定には間に合わない可能性があります。



密着結合

(上原君) 密着結合で,水などの低分子の物質も通さないことはわかったのですが,その場合
  細胞に必要な物質や不要な物質の受け渡しはどのように行っているのですか?
井口さん) 血液脳関門のはたらきで,脳内には薬は届かないが,脳の病気を治療するには
  では,どうするのか?
 〜似たような趣旨の質問: 永野君
(土井さん) 脳には薬などが届かないと習ったが,手術を行う際の麻酔薬も脳に届いていない
  のですか?
 (答) 毛細血管を作る血管内皮細胞の細胞間のすき間が,密着結合によって堅く接着している
  ために,多くの物質が毛細血管から組織中に滲み出して行けない…これが血液脳関門です。
  それでも,脳の細胞が生きるためには栄養となるグルコースや,タンパク質を作るための
  アミノ酸,その他さまざまな物質が毛細血管から脳の細胞に向けて輸送される必要があります。
  …でも,密着結合は水すら通さないのですよね。…で,細胞のすき間が通れないのだから,
  細胞膜を横切るしかありません。もちろん,これまでに勉強したように,細胞膜を横切ること
  のできる物質は限られています。細胞膜を横切るには,脂質二重膜そのものや膜上にある
  チャネルとか輸送体などのタンパク質を通ればいいわけです。そこを抜けられる物質ならば,
  脳に達することができます。脳は毛細血管からグルコースをもらうことができますが,
  それはグルコースを移動させる輸送体があるからです。体の他の細胞はグルコース以外の
  さまざまな糖をエネルギー源にできますが,脳はグルコース以外の糖をエネルギー源として
  使えません。それは,脳ではグルコース以外の糖に対応する輸送体を持たないからです。
   逆に,たとえある物質がもともと体内にない物質だったとしても,そういった輸送体や
  チャネルを通れる分子とよく似た構造であれば,そこを通れる場合があります。麻薬覚醒剤
  
なども,脳に入りますよね。ニコチンも脳に作用します。麻薬や覚醒剤の成分は,神経細胞
  どうしの情報伝達に関与する分子(神経伝達物質)と構造が似ているから神経の働きを惑わして
  しまうし,似ているから血液脳関門にブロックされないようです。それらの例では密着結合を
  すり抜けるのではなく,上述のようなチャネルや輸送体を通って脳の細胞に入るようです。
  治療目的で薬品を脳へ送り込みたい場合にも,そういったチャネルや輸送体を利用する方法が
  考えられますし,脂質膜に包んだ薬品を,細胞膜に融合させるような形で標的細胞に取り込ま
  せる方法も工夫されているようです。麻酔薬にもいろいろな種類がありますから,その一つ
  一つについてどうなのか…はわかりませんが,いくつかの麻酔薬は血液脳関門を通過すると
  効能書きに書かれています。

(高橋君) 脳にグルコースしか供給されないのは分かったが,他の物質が供給されるとまずい
  ことが起きるのか。
 〜同様の趣旨の質問: 堀川さん,横田君
 (答) う〜ん。特にまずいことはないんじゃないかと思います。それは,そういう風にできて
  いるから…という程度の説明しかできないんじゃないかと思います。

加藤君) 血液脳関門が機能しなくなり,脳に不要なものが入るとなぜいけないのですか? 体の
  他の場所は平気なのに,なぜ脳・脊髄だけだめなのですか。
 〜同様の趣旨の質問: 永野君
 (答) 血液脳関門は,中枢神経系の中に病原菌やよくない化学物質が入らないような障壁と
  なっています。これが働かなくなるために起こる異常というのを聞いたことはありません。
  ごめんなさい。髄膜炎脳炎などになったときには,血液脳関門が正常に機能しなくなる
  そうです。ただ,この場合,血液脳関門の異常は病気の原因じゃなくて結果です。そもそも
  髄膜炎やら脳炎の方を何とかしなきゃいけない場面ですね…。

(井上君) の出る汗腺は,密着結合はないのでしょうか。
 (答) 汗は,皮膚の細胞の隙間を通って体液が外に出ているのではなく,井上君の言うとおり
  汗腺という特別な細胞から分泌されるのです。犬には汗腺がなく,そのため汗をかかないと
  言われていますよね。汗腺の細胞は,汗を「エクソサイトーシス exocytosis」によって分泌
  します。この用語の意味は,みんな,自分で調べてみよ〜。

細胞の選択的親和性・接着結合

(三輪さん) 細胞選別の実験で,予定表皮細胞予定神経細胞をばらばらにするのは,どのような
  操作をするのですか。
 〜同様の質問: オムレツさん
 (答) よくある方法では,トリプシンというタンパク質分解酵素で穏やかに細胞表面のタンパク
  質を分解します。カルシウムイオンを除去するように,EDTA を溶液中に少し混ぜておくと
  もっと効果的です。カドヘリンはカルシウムイオンと結合した状態でないと接着力が出ないので。
  ちょうどよい加減で酵素を作用させると,細胞を傷めつけずにバラバラにすることができます。

磯江さん) 神経細胞が内側,表皮細胞が外側になるのはなぜか。
 (答) やさしくかき混ぜながら培養(旋回培養)すると言いましたが,それにしても生体内とは
  ずいぶん違った不自然な環境ですよね。ですから,いろいろなことが起こります。実は
  神経細胞だけの塊ができたり,表皮細胞だけの塊ができたりもします。ただ,神経細胞と
  表皮細胞が混ざって塊を作る場合には,必ず,ごちゃ混ぜにはならず,神経は神経で,
  表皮は表皮で接着し,しかもほとんどの場合表皮が外側に,神経が内側に配置するのです。
  しかし,それがなぜかは,今でもわかっておらず,説明できないと思います。いい質問ですね。

(菊池さん) E-カドヘリンN-カドヘリンの“E” や“N”は何を表しているのか。
 (答) 「E」は「epidermal表皮の)」の頭文字,「N」は「neural神経の)」の頭文字
  です。そこでしか発現しないってわけじゃないですけど,それぞれが発現する代表的な組織の
  名前から由来しています。

(小梶君) カドヘリンどうしの結合はペプチド結合ですか?
 (答) いいえ。違います。3 回目の講義の PowerPoint ファイルのスライド No. 13 の図の
  ような,分子間力で結合します。ペプチド結合のような共有結合では結合しません。

(谷島君) 細胞接着は,一度結合すると自ら離れたり,離すことはないのですか?
 (答) そんなことはありません。実際,今日の話題に出てきた神経管形成の場面でも,
  もともとは予定表皮細胞と一続きの上皮を構成していた神経板の細胞が,やがて予定表皮
  細胞と切り離されて,神経管になっていましたよね?

オムレツさん) E-カドヘリンが発現しないようになるのは,発現しないようにする遺伝子が
  発現するためですか?
(山崎さん) 接着結合の話で,神経細胞N-カドヘリンの発現は何が決めるのですか。
 〜似たような趣旨の質問: 植本さん
 (答) 専門的な質問ですね。遺伝子発現は,細胞ごとに,時期ごとに厳密に調節されています。
  これには,遺伝子の近傍にあるエンハンサーと呼ばれる塩基配列が重要です。配列特異的
  DNA に結合し,遺伝子の転写を調節するタンパク質(転写調節因子)が,エンハンサーに結合
  して転写を活性化したり抑制したりしています。予定神経領域において N-カドヘリンの転写
  を活性化するのは Sox2 と呼ばれる転写調節因子ではないかと考えられています。Sox2 は
  予定神経領域で発現するのですが,本来と違う場所で Sox2 を強制発現させると,そこで
  N-カドヘリンが発現するらしいです。ただ,頭側と尻尾側では違うメカニズムがあるとか,
  同じ神経管でも時期によって違った仕組みが働いているとか,いろいろな論文があって,実際
  には結構複雑みたいですね。

(有吉さん) 授業でおっしゃっていたように,もし半分だけ E-カドヘリンを強制的に働かせ
  たとしたら,働いていない正常な部分は,その後どのように働きますか? その部分だけで
  小さな分離を行うのでしょうか。
 (答) Fujimori, Miyatani & Takeichi の 3 人が,1990 に Development という学術雑誌
  に報告した実験は,カエルの胚の左右どちらか片側で N-カドヘリンを強制発現させる実験
  でした。今日は「E-カドヘリンを…」と言いましたが,記憶違いでした。ごめんなさい。
  http://dev.biologists.org/content/110/1/97.long を読んでみてください。
  なお,このサイトは,学外ではアクセスできないかも知れません。
  N-カドヘリンの mRNA を 2 細胞期の片方の割球に注射して強制発現させると,そちら側の
  予定神経領域と予定表皮領域が分離できないために神経管の形が異常になってしまいます。
  とはいえ,論文に載っている写真を見ると,神経管は一応できているみたいですから,
  注射しなかった片側では,神経管が何とかできたのでしょうね。

(粟田君) 異なる生物の細胞でも,同じカドヘリンを発現させれば細胞どうし接着するので
  しょうか。
 (答) 近縁なら問題ないと思いますが,系統類縁関係の遠い間柄だと,同じ型(E 型とか
  N 型)のカドヘリンが発現していても,接着はできない可能性が高いでしょうね。ちなみに
  すぐ上の有吉さんへの回答で紹介した研究では,カエルの胚で,ニワトリの N-カドヘリン
  を発現させています。カエルの N-カドヘリンとニワトリの N-カドヘリンは結合できる
  みたいです。
 
その他の細胞接着

(佐藤さん) 細胞接着にはさまざまな種類があったが,それらは植物の細胞でも共通なので
  すか? 植物の細胞が密着結合をするなら細胞壁どうしで行うのか?
 (答) 佐藤さんの言うとおりで,植物の細胞には細胞壁がありますから,動物と同じような
  仕組みでは接着できません。そこは動物と植物で全然違っています。今日の講義で勉強した
  細胞接着は動物限定です。

細胞外マトリックス

(オムレツさん) 基底層は膜なのですか。
 (答) 細胞膜や核膜や小胞体のような脂質膜でできているのか(?)という質問だとしたら
  答えは NO です。脂質膜ではなく,繊維状のタンパク質や長い糖鎖などが複雑に結合し,
  絡み合ってできたシートのようなものです。

(清水さん) コラーゲンが体を支えるために大切なタンパク質ということでしたが,関節以外
  の部位にも使われているってことですよね?
 (答) コラーゲンは例えばすぐ上のオムレツさんの質問に出てくる基底層にもあります。
  ありとあらゆる上皮組織の基部側にある基底層には,コラーゲンがたくさんあります。
  もっとも,コラーゲンが,たとえ関節でしか使われていないとしても,それが大切なもの
  だってことにかわりはないと思いますけどね。

(植本さん) ホルモン(肉)が他の肉と比べて特別噛み切れないのは基底層が他と比べて
  発達しているからですか?
 (答) 下図を見てみてください。図の上の方には一層の上皮細胞があり,その基部側に
  基底層(BASEMENT MEMBRANE と書いてある赤い部分)があります。その下に肌色
  のクモの巣のようなものが広がっていますが,そこが結合組織です。結合組織の中には
  血管が通っていますね。管の中に赤血球の絵が描いてあるからすぐわかると思います。
  血管壁の外側にも赤い基底層が描かれているのがわかりますか? これは模式図であって
  リアルではありませんが,基底層というのは,そんな感じで上皮細胞の基部側にある
  薄い構造です。結合組織はそれよりずっと分厚く,その全体が,コラーゲンフィブロ
  ネクチンプロテオグリカンなどからなる細胞外マトリックスです。ホルモンは,その
  結合組織が発達している部分なので噛み切れないのですね。あとは,普通の肉(骨格筋
  でも,の部分はすじっぽくて噛み切れないですよね。

  細胞外マトリックス

細胞膜に結合した受容体のはたらき

(永野君) アデニル酸シクラーゼは,グルカゴン受容体に結合すると,離れるように
  なっているのですか。
 (答) いいえ。そういうわけではありません。図は,グルカゴンが受容体に結合すると,
  受容体に結合した G タンパク質がアデニル酸シクラーゼを活性化するってことを示して
  います。  

(小梶君) グリコーゲンの分解と合成停止の過程で,ATPアデニル酸シクラーゼcAMP
  に変えられていましたが,このときの ATP の役割はエネルギー源ではなく PKA の活性化
  物質ととらえてよいですか?
 (答) そのとおりです。cAMP  は,さまざまなシグナル分子を受け取った細胞内で生産
  されて,PKA だけでなくさまざまなタンパク質を活性化したり抑制したりします。その
  ため,cAMP はセカンドメッセンジャーとも呼ばれる,重要な細胞内シグナル伝達因子
  です。

(谷岡さん) 血糖値の調節では脂溶性シグナル分子はあまり役に立たないということです
  が,情報をすばやく伝えるためには水溶性のものと脂溶性のもの,どちらの方が良いの
  でしょうか。
 (答) シグナル分子が水溶性か脂溶性かということよりも,そのシグナルを受け取った
  細胞の応答の仕方がどうなっているかによって,速いか遅いかの違いが生まれます。
  ステロイドなど,核内受容体を介して伝わるシグナルは,遺伝子の転写を調節します。
  遺伝子が転写・翻訳されて,タンパク質が機能するようになるためには少し時間が
  かかるので,素早い応答にはあまり向いていません。一方,細胞内に普段から存在して
  いるタンパク質がリン酸化などによって活性化したり抑制されたりするような応答は
  非常に短時間で起こります。そういう仕組みは,素早い応答に適していますよね。

(三好君) インスリンの場合は,グリコーゲン合成酵素を活性化させているんですか?
  (グルカゴンと逆のことが起こっているのか?)
 (答) 単純に「逆」のことが起こっているわけではないようです。講義で紹介した
  グルカゴンやアドレナリンほど詳しくはわかっていないみたいですが,およそ以下の
  ような仕組みのようです。
   インスリン受容体がインスリンを受け取ると,Ras-MAPK 経路が活性化します。
  この経路は次回,別の場面で登場しますのでお楽しみに。また,インスリン受容体は
  その他に PI3 キナーゼ経路も活性化します。どちらも聞き慣れない言葉だと思いますが
  気になったらインターネットなどで調べてみましょう。このうち PI3 キナーゼ経路では
  プロテインキナーゼ BPKB)が活性化します(今日の講義に出てきたのは PKA で,
  それとは違うタイプのプロテインキナーゼです)。PKB は,脂肪細胞筋肉細胞
  おいて,何段階化の作用を経てグルコース輸送体(前回の講義に出てきた GLUT1 とは
  別のもので,GLUT4 と呼ばれる輸送体)が,細胞表面に出るようにします。これに
  よって,それらの細胞にグルコースが取り込まれます。その結果として血中グルコース
  濃度が下がります。また,インスリンは,肝臓や筋肉の細胞で,GSK3βGlycogen
  Synthase
Kinase β の略)という酵素をリン酸化して不活性化します。GSK3β は
  グリコーゲン合成酵素をリン酸化して不活性化する酵素なので,GSK3β が不活性化
  すれば,結果的にグリコーゲン合成酵素は活性化します。

(在間君) グルカゴンが受容体と結合してから,グリコーゲンの分解が進み,合成が
  停止するまでの時間は 1 秒もないのに,どのようにして測るのですか。
 (答) 酵素の反応速度は試験管内の実験で測定することができます。湯浅先生の講義
  で,ミカエリス・メンテン式…とか,教わりましたか? 試験管内の実験ですから,
  決まった濃度の酵素と基質を用意して,反応をスタートさせ,反応生成物ができる
  速度を測るわけですが,もちろんそれは人工的な環境下での反応です。そこに,
  細胞内の酵素や基質の濃度を加味すれば,細胞内でどのような速度で反応が進むかを
  推測できます。そんなような方法でわかってきたことだと思います。

前回の内容に関する質問・その他

(藤木君) 12/27 の宿題(6)は,遺伝子から酵素(タンパク質)が作られ,その酵素
  により糖鎖の形が決定するため,糖鎖の構造が遺伝子によって決まるということで
  いいですか?
 (答) だいたいそんな感じです。理解できましたか?





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