2016 生物学概論 II
1/24 の質問

第 6 回の講義(1 月 24 日)の質問への回答です。
急いで書いたので,おかしなところやわかりにくいところがあれば,遠慮なく再質問してください。



細胞周期のエンジン

(上原君) 細胞周期のエンジンは,他の生物でも共通なのですか。それとも生物種ごとに変わって
  くるのですか?
 (答) カエル(脊椎動物)と酵母で,エンジンは共通でした(よく似ていました)よね。その他
  植物でも Cdkサイクリンの複合体が細胞周期のエンジンとして働いています。ですから,
  真核生物のほとんど(すべて?)でエンジンは基本的に共通だと思います。

(山崎さん) Cdkサイクリンと結合して,活性化するには脱リン酸化する必要があると聞き
  ましたが,なぜ活性化するために脱リン酸化が必要なのですか。
 (答) リン酸化や脱リン酸化は,タンパク質の立体構造を変化させます。それによってタンパク質
  の機能が強まったり弱まったりするのです。

(粟田君) 間期の間にサイクリンが合成され続け,M 期終了時に急激に分解されますが,
  サイクリンとサイクリン依存性キナーゼの複合体が活性を持つことがサイクリンの合成が抑制
  される(もしくはサイクリンの分解が促進される)要因となり得るのでしょうか。それともサイ
  クリン濃度が変動するのはまた別の要因によるものなのでしょうか。サイクリンとサイクリン
  依存性キナーゼは細胞内のどこから発現しているのですか。
 (答) サイクリンも Cdk もタンパク質です。遺伝子が転写されて mRNA となり,その mRNA
  が翻訳されてタンパク質ができることは知っていますよね? Cdk やサイクリンもそのように
  合成されます。サイクリン遺伝子の転写を活性化する転写調節因子の代表的なものは E2F です。
  それ以外にも,初期胚の各組織では,それぞれに異なる転写調節因子がサイクリンの転写を
  活性化して細胞周期を進めています。サイクリン遺伝子が転写されて mRNA が細胞質中にあると
  mRNA の翻訳はどんどん行われて徐々に細胞内のサイクリン濃度が高くなり,サイクリン/Cdk
  複合体
が活性化します。こうして細胞周期が進むと,それに伴って起こるいろいろな出来事が
  引き金となって,結果的に APC と呼ばれる酵素複合体が活性化します。 APC はサイクリンに
  対してユビキチンという小さなタンパク質を多数結合させます(ポリユビキチン化)。ポリ
  ユビキチン化されたサイクリンは,プロテアソームというタンパク質分解酵素複合体の働きで
  分解されます。さかんに細胞分裂をする細胞では,サイクリンタンパク質の合成の方はコンス
  タントに行われているのですが,細胞周期の特定の時期にユビキチン化と分解が一気に起こる
  のでその結果として周期的にタンパク質が合成されたりなくなったりしているように見える
  のです。長々と書きましたが,粟田君の考えた仮説は正しいってことです。

(小梶君) 細胞分裂において,cdc2 遺伝子突然変異を起こして働かなくなることで分裂が
  始まらずに細胞が肥大化するということでしたが,この状態から仮にまた正常に細胞分裂が
  再開して分裂したとき,この分裂後の細胞は正常に細胞分裂して,その後大きくなった細胞と
  比べて何か変化はありますか?
 (答) cdc2 が完全に機能を失うと,細胞はどんどん大きくなって最後は死んでしまいます。
  なので cdc の研究によく使われるのは温度感受性変異体です。
   まずは温度感受性変異の説明をしますね。突然変異によってタンパク質のアミノ酸配列が
  少し変化して,立体構造が少しもろくなります。すると通常の酵母の培養温度(30℃)では
  タンパク質が正常に機能するのに培養温度を 35℃ にすると熱変性が起こって機能が失われる
  というわけです。正常なタンパク質なら 35℃ でも正常に働くのに…。
   さて,cdc2 の温度感受性変異体を,30℃ から 35℃ に移すと,細胞分裂しなくなって
  細胞がどんどん大きくなります。これを再び 30℃ に戻したらどうなるかというのが,小梶君
  の質問ですよね? 戻したら,また細胞は分裂するようになって,やがて元どおりの大きさに
  なっていくと思います。

(山新君) 細胞内の因子などの効果を調べる方法は MPF のように,しらみつぶしのような方法
  以外にはないのですか?
 (答) いいえ。そうではありません。山新君は,例えば『分子遺伝学』や『生物学概論 II』の
  教科書や講義で,いろいろな発見の歴史を見聞きして来ましたよね。何かを発見するための
  戦略や方法はさまざまですよ。そうだったでしょう?

(ナタデココさん) 「とうでんてん」とはどういった操作ですか?
 (答) 説明ナシでややこしい言葉を使ってごめんなさい。「等電点」です。タンパク質は,
  そのアミノ酸組成(酸性の側鎖をもつアミノ酸やアルカリ性の側鎖をもつアミノ酸がどの
  くらいの比率で含まれるか)によって,全体的に酸性のタンパク質,アルカリ性のタンパク質
  など…いろいろあります。酸性のタンパク質は,同じくらいの pH の酸性の水溶液の中では
  見かけ上,電荷がなくなります。電荷が釣り合うこの pH が等電点です。この性質を利用して
  タンパク質を分離することができるのです。

細胞分裂と細胞分化

(三輪さん) 一度分化した細胞は二度と分裂しないということは,例えば 80 歳まで生きた人の
  脳の細胞も 80 年働き続けているということですか。
 (答) 脳の神経細胞に関してはそうです。しかし(わかっているとは思いますが)皮膚とか
  その他の組織の細胞は違いますよ。分化した細胞は個体が生きるために必要な仕事を分担して
  日々活動しますが,比較的短い期間で消耗して死んでいきます。死んで脱落する細胞を補う
  ように,それぞれの組織の幹細胞が分裂をして,分化した細胞を補給します。その結果として
  各組織の細胞の数は見かけ上一定に保たれています。その陰で,常に細胞は死んで,新しい
  細胞と交代しているのです。

(谷島君) サイクリンMPF のような,分裂を促すタンパク質を,分化した細胞に入れた場合は
  分裂は起こりますか?
 (答) 一度分化して G0に入った細胞は,二度と再び細胞周期に入らない(分裂を再開しない)
  のが普通です。分化した G0 期の細胞が再び細胞周期に入る典型的な例はがん細胞です。一方,
  正常な生命活動として G0 期から G1への移行もあります。再生能力の強い動物などでは,
  例えば体を真っ二つに切られても再生をします。このとき,一部の動物は,もともと体内に
  分化多能性
を示す未分化幹細胞が多数存在していて,これが失われた組織の再生を担います。
  一方,いくつかの動物では分化した組織の細胞が脱分化して増殖を開始し,新たな組織に再分化
  します。この一連の過程を分化転換といいます。ここで,脱分化のときに,G0 → G1 への移行
  が起こるのです。こういうことが起こるということは,分化した細胞でも,潜在的には分裂する
  能力を残しているということを意味します。つまり,谷島君の言うような実験をすれば,細胞
  周期を離脱した細胞を再び細胞周期に入れることが可能な場合があるということです。
   実は,私が研究用に使っている動物のうちの一つ(ミサキマメイタボヤ)は再生能力が強く,
  体を真っ二つにしても再生します。ホヤ脊索動物門に属しており,私たちにとても近縁なの
  ですが,このホヤは出芽という無性生殖で増えることもできます(下図)。

  ミサキマメイタボヤ ミサキマメイタボヤ

  図では,中央の一番大きいの個体から 3 つの芽体が突き出しています。
  芽体は,親個体の体壁の膨らみとして生じ,親から自然にくびれ切れて,新しい体を作り始め
  ます。このときには,分化した体細胞である囲鰓腔上皮の分化転換によって,新しい組織が
  作られます。この場合には,(がん化とか,体がちぎれたときの再生というような非常事態
  ではなく)完全に日常の自然な営みとして G0 → G1 の移行が行われています。脱分化した
  細胞はひとしきり分裂・増殖した後,新たな組織に分化して,再び分化して G0 期に入ります。

細胞周期の制御とチェックポイント

(佐藤さん) 細胞周期のチェックポイントで一時停止となり,問題のところを修復した後,
  再開をさせるのはどのような仕組みなのか。
 (答) 停止させるために(例えば G2DNA 複製が終了せず複製フォークがあると)
  ATR というタンパク質が働いていましたよね。問題が解消されればその働きがなくなる
  ので,細胞周期を停止させる障壁はなくなるわけです。そうすれば,正常な過程が再び
  動き出す…というそういうことだと思います。

(有吉さん) p21Chk と,複数のチェック機構を使って抑制することによるメリットは
  ありますか。
 〜似たような趣旨の質問: 堀川さん
 (答) 同じ目的を達成するために複数の経路があることを redundancy と言います。
  これはコンピューターのプログラムなどでも使われる用語です。生物の場合も,コンピュー
  ターの場合も,redundancy は,どちらかの経路の不具合が致命的な影響を持たないため
  の安全装置として機能します。つまり,細胞周期を停止させるために p21 を通る経路と
  Chk1 を通る経路がある場合,例えば p21 遺伝子が突然変異で機能しなくなっても,
  Chk1 が細胞周期を停止させることができます。Chk1 遺伝子が突然変異で機能しなく
  なっても p21 があれば細胞周期を停止させることができます。安心でしょう?

突然変異

(土井さん) 神経細胞のように,生まれたときにつくられた細胞が死ぬまでつかわれる
  ようなもので,突然変異が起きるとどうなるのか?
 (答) 突然変異は,今日の講義で話したように,遺伝子の配列中に起こるかも知れない
  し,遺伝子間領域に起こるかも知れません。またその突然変異がタンパク質や細胞や
  個体の機能に影響を与えるかも知れないし,何の影響もないかも知れません。ですから
  神経細胞に突然変異が起こった場合に想定されることは,何事もなく細胞が活動を続ける
  か,細胞に障害があらわれて機能が損なわれるか,細胞が死んでしまうか,あるいは
  がん細胞になってしまうか…まあ,いくらでも考えられますね。

DNA の損傷と修復

(三好君) 校正がもし間違った塩基対を見逃してしまったら,どのような反応が起こります
  か?
 (答) DNA 複製のときに,鋳型親鎖)に相補的でないヌクレオチドが娘鎖に取り
  込まれたときに起こることは親鎖と娘鎖のミスマッチです。校正をしなかったら,そこに
  ミスマッチが残るわけです。ミスマッチは DNA の分子構造として異常ですから,修復
  の対象となります。細胞にはミスマッチ修復の複雑な仕組みがあって,親鎖に相補的に
  なるように娘鎖を合成しなおして,あっという間に元どおりの状態に戻します。

(小田君) DNA の修復を阻害すると突然変異は増えますか。
 (答) 増えます。

(横田君) 遺伝的にがんになりやすい家系というのは,がん抑制遺伝子が突然変異で機能
  しない状態で遺伝したということですよね。また,この遺伝子が多いとがんになりにくい
  ということですか。
 (答) 「がん家系」というのは確かにあります。その原因は,わかっている部分もあり,
  わかっていない部分もあります。おそらく一番有名な遺伝性のがんは家族性の大腸がん
  ですね。これについては,APC というがん抑制遺伝子が機能しない突然変異が原因と
  わかっています。がん抑制遺伝子の機能が弱いと突然変異の起こる確率は増し,がんに
  なる危険性が高くなります。でもどうして APC 遺伝子の変異の影響が大腸に表れやすい
  のかはよくわかりません。
   がんになりやすいという性質は,DNA 修復機能の弱さが一つの原因となることも
  あります。想像してみてください。修復の機能が弱まると,DNA の損傷が放置される
  確率が高くなり,結果的に突然変異の起こる確率が増しますよね。私たちの場合には,
  それが例えばがんになるリスクが高まるという結果になるかも知れません。

(在間君) 原がん遺伝子以外にも突然変異によってがんの原因となる遺伝子はあるのですか。
 (答) がん抑制遺伝子の突然変異も危険ですよ。

(井口さん) p53 は細胞をアポトーシスさせる。そのアポトーシスはどんなふうに(p53
  のどんなはたらきで)おこるのか。
 (答) そこら辺はいまも研究されている途中だと思いますが,p53 がアポトーシスを
  引き起こすために重要な仕事の一つは Bax 遺伝子転写を活性化することだろうと考え
  られています。Bax 遺伝子の産物は,細胞質中に存在するタンパク質ですが,活性化
  するとミトコンドリアなどの膜に穴を開け,ミトコンドリア内のシトクロム c を細胞質
  中に放出させます。これがきっかけとなってカスパーゼというプロテアーゼが活性化し
  アポトーシスのプロセスが進行すると考えられているようです。カスパーゼの機能に
  ついてはインターネットなどにたくさんの情報があるはずですから,興味があれば
  調べてみてください。

(加藤君) p53 は少量の放射線を浴びても細胞周期を止めて損傷を治す。多量のときは
  細胞を殺しますよね。この機能があれば人は放射線によって DNA の損傷を受けることは
  ないのではないでしょうか。
(長沼君) DNA ポリメラーゼがときどき間違ったものを複製し,それを切り取って再び
  複製しなおすと聞きました。なぜ機械的(?)に複製しているのに,間違いが起こるの
  ですか。
 (答) 実際,私たちは p53 をちゃんと持っていても,放射線を浴びれば体に異常を
  起こしたり,突然変異が起こって癌になる確率が高くなったりします。だから,どんなに
  p53 が優れた機能を持つタンパク質であっても,頭で考えるように完璧に体を守ることは
  できません。どんなに完璧に作られた機械でも,100% の仕事はできません。私たちも,
  毎日やってる作業でも,たまにミスすることがありますよね。酵素だって同じです。
  ただし,失敗の頻度はとてもとても低いですけど。

(岡崎君) DNA 修復でミスがおこることはあるのか。また,DNA 複製のミスと DNA
  修復のミスは,どちらが確率が高いのか。
 (答) すぐ上の加藤君と長沼君への回答に書いたように,どんなに精巧にできたシステム
  も 100% の仕事はできません。ミスは起こります。非常に確率が低いということは
  わかりますが,そのミスの頻度が複製と修復でどちらが多いかというのは,単純には
  比較できません。DNA 修復にはものすごくたくさんの種類がありますしね。。。

(高橋君) 最近,人の死因として「がん」がとても多いが,そこまで DNA の異常が
  おきやすいものなのか?
 (答) 起きやすいことはありません。むしろ非常に頻度(確率)は小さいです。それでも
  私たちは何十兆個もの細胞を持っています。その中のたった 1 個の細胞にも 1 つの変異
  も起こらないなんてことは期待できません。すぐ上の加藤君や長沼君,岡崎君への回答も
  あわせて読んでみてください。
   死因としての「がん」が増えている理由は他にもあります。がん以外の死因がどんどん
  減っているからです。昔はインフルエンザや天然痘やペストやコレラでた〜っくさんの
  人が死にました。戦争でも…。そういう死が減って,人の平均寿命はどんどん長くなって
  います。突然変異が,ほぼ一定の確率で起こるのだとしたら,長く生きれば生きるほど
  突然変異を経験する頻度が増すのは道理ですよね?

(長沼君) p53 が機能しないとがん細胞などがあっても細胞周期が止まらないとわかり
  ました。仮に寿命を延ばす遺伝子があり,これを p53 の機能しないマウスに入れたら
  この遺伝子がどんどん働いて寿命が延びたりするのですか。
 (答) 寿命に関わる遺伝子と,DNA 修復や細胞周期制御に関与する遺伝子は同じでは
  ありません。それらは複雑に絡み合ってはいますが,寿命を長くするために重要な遺伝子
  を一つ二つ働かせたからといって,単純に寿命が延びてハッピーということにはならない
  と思います。例えば,寿命は延びても p53 が機能しないのなら,齢を重ねるほどに
  体のあっちこっちに突然変異が起こったり,がんができたりして,幸せな老後(?)を
  過ごせないかも知れませんよ?

(Yang 君) 授業中先生はがん抑制遺伝子について述べたが,もしそれらの発現を活性化
  するシグナル因子,またそれらの遺伝子産物をがんになった人の体に導入したら,がん
  の抑制治療の助けになるのか。
 (答) よく考えた質問ですね。がん抑制遺伝子が働かなくなってしまったようながん細胞
  に,がん抑制遺伝子を導入して発現させれば,がん細胞の増殖を抑えられる可能性は
  あるかも知れませんね。ただ,がん細胞が何個あるかわかりませんが,全部の細胞に
  効率よくがん抑制遺伝子を導入するのは難しいでしょうね。ほんの何個かでも残って
  しまうと,そいつらがまた増えることになるでしょうから…。

その他

(永野君) 「コードする」とは,基質特異性をもった遺伝子を認識するということですか。
 (答) ん? 永野君の説明文の意味がよくわかりませんが…。「コードする」の「コード」
  は英語では「code(暗号)」です。例えば「ATG」がメチオニンを意味する暗号で,
  「GAG」がグルタミン酸を意味する暗号であるという意味の「暗号」です。「コード
  する」というのは遺伝子(DNA 分子)が,タンパク質のアミノ酸配列を暗号(塩基配列)
  として持っていることを「コードする」と言うのです。ちなみに「コードする」という
  動詞は「encode」です。




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