生体機能物質工学実験 II

1. 含ウラシル一本鎖 DNA の調製

みんなのデータ


はじめに (Kunkel 法による部位特異的突然変異導入法・・・1

Kunkel 法による突然変異の導入法は、非常に効率がよく、また同時に複数箇所に変異を
導入できるというメリットがあります。参考文献を以下にあげますので、どれかを読んで
原理を理解しておいてください。実験当日の短い説明で理解しようとしても無理です。

参考文献:
Kunkel, T. A. (1985) Rapid and efficient site-specific mutagenesis without phenotypic
   selection.  Proceedings of the National Academy of Science of the USA, 82: 488-492.
Kunkel, T. A.,  Bebenek, K. and McClary, J. (1991) Efficient site-directed mutagenesis
   using uracil-containing DNA. Methods in Enzymology, 204: 125-139.
「Molecular Cloning (Third Edition)」 (J. Sambrook & D. W. Russell, Cold Spring Harbor
   Laboratory Press, 2001) Chapter 13

簡単に説明します。まず、変異を導入したい cDNA を、一本鎖 DNA ファージ複製起点
をもつプラスミド(例えば pBluescript II)に組み込みます。これを CJ236 系統の大腸菌に
導入します。この系統の大腸菌は dUTPase をコードする遺伝子(dut)と ウラシル DNA
グリコシラーゼ
をコードする遺伝子(ung)が突然変異を起こして機能しなくなっています。
そのため、DNA 複製のときにところどころに(本来チミンヌクレオチドが入るべき箇所のうちの
一部)にウラシルヌクレオチドを含む鎖を合成してしまい、それが修復されません。このような
大腸菌から 1 本鎖プラスミド DNA を抽出・精製します(ここまでが、この章で行う実験)。
これを鋳型として in vitro で変異 DNA を合成しますが、そこから先は次の章で説明します。


知っておかなければならないこと

バクテリオファージは遺伝子 DNA を包み込む殻やいわゆる“足”の部分を持っていて、
大腸菌の細胞表面タンパクと結合してそこから自力で感染 することができますが、
プラスミドは殻を持たない裸の DNA であり、放って
おいても大腸菌には入りません。
そこで、
大腸菌の細胞壁や細胞膜にちょっとダメージを与えておいて、そこに
プラスミドを加えることによって、
(ファージが感染するのに比べれば非常に低い頻度で)
プラスミドを大腸菌に
取り込ませます。一旦取り込まれれば、プラスミドは、大腸菌の
増殖に伴って
複製し、増えることができます。
 大腸菌の表面にダメージを与える方法はいろいろありますが、この実験では既に
そういう処理を施されたうえで生きたまま凍結保存されている大腸菌
competent cells
という)を使います。この方法はちょっと面倒なので
実習では、その作業は省略します。
みんなは、もらった competent cells に
ライゲーション反応液を添加して、寒天プレートに
まくだけです。

 寒天プレートには大腸菌の生育に必要な栄養分の他に、抗生物質アンピシリン
添加されています。プラスミドを取りこんだ菌は、プラスミドの
持つアンピシリン耐性
遺伝子
第 0 章に出てきた)のコードする β‐ラクタマーゼの働きにより、アンピシリン
入り培地の上で増殖できますが、
プラスミドを取りこまなかった菌は、すぐに死んで
しまいます。したがって、
一晩おいた後にプレート上にできた菌のコロニーは、みな、
プラスミドを持つ
大腸菌であるというわけです。もしも、アンピシリンを含まない培地に
まいたら、
プレート全体に菌が生えてしまいます。


実験

1. EGFP を組み込んだ pBluescript II SK+ プラスミド(これを以後 SK+EGFP
   呼ぶことにします)を渡します。
1 日め〜

2. プラスミドを 1 μL とり、10 μL の CJ236 competent cells (a) と混ぜる。
   注: CJ236 の competent cells の入ったチューブに、プラスミド溶液を
      入れる。混ぜる必要はない。激しく振盪すると菌が壊れるので、静かに。

3. プラスミドと competent cells の混合液を 20 分間氷につける

4. 混合液を 42℃ で 1 分 30 秒、加熱処理する。 

5. 500 μL の LB 培養液 (b) を加え、37℃ で 30 分間振盪する。

6. 全量を LB/amp+chlor 寒天培地 (f) にまき、スプレッダー (g)
   塗りひろげる。

7. 37℃で一晩(コロニーが十分大きくなるまで)培養する。 

2 日め〜

8. コロニーを 1 個拾って、1.5 mL の 2x YT/amp+chlor 培養液 (h)
   37℃ で 2 時間、振盪培養する。
   
アルミのフタのついたガラス試験管(乾熱滅菌済み)に培養液を入れておき、
   竹串でコロニーをつついて、培養液に懸濁する。

9. 5 μL のヘルパーファージ(VCSM13) (i) を加え、37℃ で、さらに 1 時間
   振盪培養する
10. 35 mg/mL のカナマイシン(抗生物質) (j) を 3 μL 加え、37℃ で一晩
   振盪培養する。
   カナマイシンによって、ヘルパーファージの感染していない大腸菌が大量に
   死ぬことと、ヘルパーファージによる大腸菌の増殖抑制とによって、長時間の
   培養後にも培養液はそれほど濁らず、飴色になる。

3 日め〜

11. 試験管の中味を全量、エッペンドルフ型 1.5 mL チューブ(以後エッペン
   という)に移して、13,500 rpm で 1 分間、遠心する。
   (注) 以後、特別な指示がない限り、エッペンの遠心は全てこのスピード
      で行う。

12. 上清を 1 mL だけ、別の新しいエッペンに移す。
   よくばってたくさんとらない。沈殿を絶対にかき混ぜないように、上手に上清
   だけを回収する。

13. 250 μL の PEG 溶液 (k) を加え、ボルテックスでよく混ぜる。

14. 室温に 15 分間静置する。

15. 10 分間遠心して、上清を捨てる。

16. ほぼ空になったエッペンを、もう一度、1 分間遠心して、上清をチップで
   吸い取り完全に捨てる。

17. 沈殿を 100 μL の TE バッファー (l) に懸濁する
   ボルテックスをして沈殿を完全にほぐす。

18. 100 μL 以上のフェノール (m) を加え、激しく 1 分間ボルテックスする。
   フタをきちんと閉めないと、フェノールがフタの隙間から漏れるので注意。

19. 室温に 1 分間静置した後、もう一度激しく 1 分間ボルテックス。

20. 1 分間、氷につけておく。

21. 2 分間遠心して、水層(上層)を別の新しいエッペンに移す。

22. 10 μL の 3 M 酢酸ナトリウム (n) と 260 μL の 100% エタノールを加え、
   -80℃ に 10 分間おく。

23. 10 分間遠心し、上清を捨てる。

24. 100% エタノールを 100 μL 静かに加え、数十秒の遠心の後、上清を捨てる。
   沈殿を洗う作業である。湿った沈殿には塩が多量に含まれている。これを
   洗い流さないと、次の化学反応に影響を与える場合があるので、この操作を
   行う。

25. 同じ操作をもう一度繰り返す。

26. 20 μL の TE に溶かす。

27. 2 μL とって、8 μL の TE、2 μL の 6x 色素溶液と混ぜ、アガロース
   ゲル電気泳動で 1 本鎖 DNA が回収できているかどうかチェックする。
   アガロースゲル電気泳動については後で解説する。



実験に使う試薬

(a) Competent cells

CJ236 の competent cells は市販品(宝酒造)を購入した。 Competent cells の
作製法はたくさんあるが、ここでは代表的な方法(Hanahan 法)を紹介する。

(1) 大腸菌を 1.5 mL の LB (b) 培養液で一晩培養する(37℃)。
(2) 2 L 用のフラスコに 200 mL の SOB (c) 培養液を用意し、一晩培養した
   大腸菌を 1 mL 入れる。
(3) 泡立たないようにゆるやかに振盪しながら 37℃ で培養する。
(4) 2 〜 2.5 時間、550 nm の吸光度が 0.6 になるまで培養する。
   注) 吸光度が 0.65 を超えないように。
(5) 10 分間、氷冷する。
(6) 全量を 6,000 rpm で 5 分間遠心する(4℃ で)。
(7) 上清を捨てて、沈殿を、氷冷しておいた 70 mL の TfbI (d)に懸濁する。
(8) 氷につけて 10 分おく。
(9) 6,000 rpm で 5 分間遠心する(4℃ で)。
(10) 上清を捨てて、沈殿を、氷冷しておいた 16 mL の TfbII (e)に懸濁する。
(11) 氷につけて 15 分おく。
(12) エッペンチューブに 100-200 μL ずつ分注する。
(13) ドライアイスを入れて冷やしたエタノールにつけて、急速に凍結する。
(14) -80℃ で保存する。 

(b) LB (Luria-Bertani Broth)
[1% トリプトン(タンパク質の加水分解物)、0.5% 乾燥酵母エキス、1% NaCl]
pH を 7 に合わせる。粉末を蒸留水に溶かし、オートクレーブ滅菌した後
冷えたら必要に応じて抗生物質を加える。
(c) SOB
[2% トリプトン、0.5% 乾燥酵母エキス、10 mM NaCl、2.5 mM KCl] を溶かして
オートクレーブ滅菌をする。それとは別に 1 M MgCl2 と 1 M MgSO4
作って滅菌しておく。これらを、オートクレーブ後の培地に、それぞれ
1/100 量ずつ加える(最終濃度が各 10 mM になるように)。
(d) TfbI
[30 mM KOAc、100 mM RbCl、10 mM CaCl2、50 mM MnCl2、15% グリセリン]
酢酸を用いて pH を 5.8 に調整した後、ろ過滅菌をする。
(e) TfbII
[10 mM MOPS、75 mM CaCl2、10 mM RbCl、15% グリセリン]
KOH を用いて pH を 6.5 に調整した後、ろ過滅菌する。
(f) 寒天培地
この実験では主として 50−100 μg/mL アンピシリンを含む LB 培地
LB/amp という)を使う。LB 培地の作り方は上記 (b) のとおりであるが、
粉末を水に溶かした後、最終濃度 1.5% の精製寒天抹を加え(振り混ぜない)、
オートクレーブ滅菌する。オートクレーブ後、寒天が溶けるので、この段階で
よく振り混ぜ、均一にする。寒天が固まらない程度に冷めてきたらアンピシリンを
加えてまぜ、プラスチックシャーレにまき、固める。
 今回の実験ではプラスミドがアンピシリン耐性遺伝子を持つのでアンピシリン
入り培地を作ったが、プラスミドがカナマイシン、テトラサイクリンなど別の抗生
物質耐性遺伝子を持つ場合は、それに応じて適当な抗生物質を加える。
 この章の実験ではアンピシリンと同時に別の抗生物質クロラムフェニコール
chloramphenicol)を含む培地(これを LB/amp+chlor と呼ぶ)を使う。
このような培地はあまり頻繁に使わないので、LB/amp プレート(これは一度に
数十枚作って冷蔵庫に常備してある)にクロラムフェニコールを塗るという方法で
作製する。具体的には 30 mg/mL のクロラムフェニコールのストック溶液
(エタノールに溶かしてある)を 50 μL プレートにまき、スプレッダー(下記)で
塗り広げ、乾燥させたものを使う。
(g) スプレッダー: こんな形のガラス棒 スプレッダー

(h) 2x YT/amp+chlor

2xYT 培養液は [1.6% トリプトン、1% 乾燥酵母エキス、0.5% NaCl]。これに
50-100 μg/mL のアンピシリンを溶かしたものが 2x YT/amp。LB より栄養が
たっぷりで、プラスミドの回収率が上がる。今回の実験では、この培養液にさらに
30 μg/mL のクロラムフェニコールを加えた培地(これを 2x YT/amp+chlor
と呼ぶ)を使う。
(i) ヘルパーファージ
今回の実験では VCSM13 というファージを使う。このファージのゲノムは、1 本鎖
DNA である。大腸菌に感染したファージは一旦 2 本鎖 DNA になってさまざまな
遺伝子を発現するが、ファージゲノムの複製にあたっては、特別な配列の複製開始
点から片方の鎖のみを合成する。完成したファージ粒子は大腸菌を殺すことなく
菌から外へ出て行き、さらに次の菌へ感染する。大腸菌は死にはしないが、
ファージの感染によって著しく増殖は抑制される。
 今回の実験では SK+EGFP プラスミドを持つ大腸菌に、さらにヘルパーファージを
感染させる。pBluescript II SK+ は、その配列中に f1 origin と呼ばれる 1 本鎖
ファージ複製開始点の配列を備えているので、VCSM13 ファージの感染した大腸菌
細胞中で “ついでに” 複製され 1 本鎖 DNA が合成される。このとき合成される
1 本鎖 DNA は pBluescript II SK+ のマルチクローニングサイトを含む lacZ 遺伝子
の mRNA と同じ側の鎖(非鋳型鎖)である。ヘルパーファージ感染後の大腸菌の
培養上清には、VCSM13 ファージに加えて、VCSM13 の殻をかぶった SK+EGFP
プラスミドが含まれることになる。

(j) カナマイシン(kanamycin)

VCSM13 ファージがカナマイシン耐性遺伝子を持っているので、抗生物質カナマイ
シンを加えてファージの感染していない菌を殺す。これによって効率よく 1 本鎖 DNA
を回収する。カナマイシンは 2-デオキシストレプタミンと 2 種類のアミノ糖からなる
擬三糖類である。
(k) PEG 溶液
20% ポリエチレングリコール #4000 と 2.5 M NaCl の混合液。
(l) TE バッファー
10 mM Tris-HCl (pH 7.5 あるいは 8.0 が普通)、1 mM EDTAを溶かした水溶液。
調製後にオートクレーブする場合はフタを完全に閉じておかないと、塩化水素が
飛んで pH が上がるので注意。
DNA を分解するような活性のある酵素の多くは、反応に Mg2+ イオンを要求するため
2 価イオンのキレート剤である EDTA を含むバッファー中では働きにくい。TE に溶かし
た DNA は、冷蔵庫で何年でも安定に保存できる。
(m) フェノール
フェノールは室温で結晶。これを 65℃ 前後で溶かし、滅菌水あるいは Tris-HCl で
飽和させる。その後、EDTA、2-メルカプトエタノール、8-ヒドロキシキノリンなどを加えた
もの。
 用意したフェノールはフェノール層(黄色)と水層(無色)に分離している。
使うのは黄色い方のフェノール層の方
であるから、間違えないように。
(n) 3 M 酢酸ナトリウム
酢酸ナトリウムの粉を最終濃度 3 M になるように溶かし、酢酸で pH を 5.2 に合わせた
もの。核酸のエタノール沈殿用の塩としては最も一般的に使われる。エタノール沈殿の
ときは 0.3 M になるように核酸溶液に加え、さらに 2-3 倍量のエタノールを加えて
核酸を沈殿させる。


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