海洋生命・分子工学実験 II

(5) PCR によるプラスミドクローンのチェック
(コロニー PCR 法)

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はじ めに

トランスフォーメーションの後一晩培養すると,プレートにはたくさんのコロニーができるはずです
(できてほしいなあ)。一つ一つのコロニーは,基本的に単一のプラスミド(ライゲーション反応の
結果生じた環状プラスミド 1 分子)が入った大腸菌の細胞 1 個に由来する “クローン” です。
この後は,大腸菌を試験管で増殖させた後にプラスミドを miniprep で精製し,塩基配列を確認
したいし,試験管で培養した大腸菌に mCherry タンパクを作らせたりしたいですね・・・。でも,
プレート上にたくさんできたコロニーの全てが,正しく mCherry を組み込んだ pBluescript II SK+
を持っているとは限りません。ここまでの実験の作業にちょっとした不手際があれば・・・

* もしかして pBluescript II SK+ ベクターに EGFP が残っているかも知れません。
* EGFP を切り捨てた後の pBluescript II SK+ ベクターが,何も挿入せずに環を閉じてしまった
 かも知れません。
* あるいは pCR II-mCherry が入ったコロニーが増えてきたり・・・なんて可能性もあります。

今回の実習では,コロニーが赤ければまず問題はありません。しかし,期待した通りのプラスミド
が組み立てられていない可能性があると考えたら,いきなり試験管で培養するよりも,その前に
チェックしておいた方がよさそうです。実際,試験管で培養してプラスミドを精製するのには
結構手間がいりますから。

ここでは,PCR 法を利用して簡単にチェックしてみましょう。この方法は,コロニー PCR 法
いいます。



知っておかなければな らないこと

PCR は「専門海洋生命・分子工学基礎実験」で やっていると思いますので説明しません。原理
のわからない人は,2002 年以前のこの実験の web テキストで勉強しておいてください。あるいは
下記の参考書を読んでみてください。

PCR 実験マニュアル
 M.A. Innis, D.H. Gelfand, J.J. Sninsky & T.J. White 著,斉藤隆監訳 HBJ出版局
生物学 -分子が語る生命のからくり-
 松岡達臣・松島治編著 朝倉書店  第 2 章を参照。
バイオ実験イラストレイテッド 3. 本当にふえる PCR
 中山広樹著 秀潤社 細胞工学別冊
Molecular Cloning - A Laboratory Manual
 Sambrook, J. & Russell, D. W. 著 Cold Spring Harbor Laboratory Press
 料理本のようなものですから英語は簡単です。原理などを詳しく解説してあるのでお薦め。
 分子生物学研究者のバイブルと言われています。
ラボマニュアル遺伝子工学・増補版
 村松正實編 丸善

この実習では,下記の二つのプライマーを用いて PCR を行います。

T3: 5'-ATTAACCCTCACTAAAG-3'
mCherry-R: 5'-CTTGATCTCGCCCTTCAG-3'

さて,ここでまたまた問題です

【 予習問題 】 上述のプライマーについて下記の問いに答えてください。
 (1) T3 プライマーは,pBluescript II SK+ の配列にアニーリングannealing) します。
   その配列は (0) プラスミドの塩基配列の確認図 6 を見ればわかります。
   探してください。
 (2) mCherry-R プライマーは,mCherry cDNA の配列にアニーリングします。
   その配列も (0) プラスミドの塩基配列の確認図 3 を見ればわかります。 〔 難 〕
   ただ探しても見つかりません。ヒントをいくつかあげます。
   (a) PCR をするんだということを忘れないように (このヒントだけでわかったらエライ)
   (b) PCR をするときって,プライマーの向きはどうなっていなければいけないんだった?
   (c) pBluescript II SK+ に mCherry cDNA が正しく組み込まれたとしたら,図 6 の
      配列と図 3 の配列は,どういう方向に連結するんだったかな?
   (d) 「mCherry-R」 という名前の 「-R」 ってどういう意味で付けられたのかなぁ?
    ・・・これらのヒントを読んでもわからないようなら,藤原のところへ質問に来ること。
 (3) プラスミドが正しく期待通りに組み立てられていた場合, T3 と mCherry-R で増幅
    される PCR 産物の長さは何塩基対ですか? およその数字で計算してください。
 (4) 「はじめに」 欄に書いたような失敗のケースではどういう結果になるでしょうか?

さて,上の問題をよく考えたうえで, PCR 産物をアガロースゲル電気泳動によって
チェックしてみましょう。



実験

1. 1.5 mL チューブに滅菌水を 10 μL 入れる。

2. 大腸菌のコロニーを爪楊枝で拾って,1.5 mL チューブの滅菌水の中に入れる。
   注: 火のそばで行う。この実習では, 1 人 1 個。

3. 0.5 mL チューブに 2x PCR の反応液を作る。
   以下の試薬を混ぜて氷冷しておきます。1 人分の 2x 反応液は 5 μL としますので,
   下の表の反応液は 10 人分です。これを 8〜9 人で使います。

滅 菌水
11.5 μL
10x PCR バッファー (a)
10 μL
dNTP mixture (b)
8 μL
10 pmol/μL T3 プライマー
10 μL
10 pmol/μL mCherry-R プライマー
10 μL
5 units/μL Taq DNA ポリメラーゼ (c)
0.5 μL

   注: PCR 法は,ごく微量の鋳型を多量に(数十万倍から数百万倍に)増幅する手法
      なので細心の注意が必要です。わずかに混入した自分の細胞(指先などから)の
      DNA が鋳型となって,自分の遺伝子の断片が増幅されるかも知れません。フタを
      開けるときにフタの内側に触らないように。マイクロピペットのチップを素手で
      触ったり,チップの先を机やノートにつけたりしないように注意しましょう。

4. 1 人 1 本の,新しい 0.2 mL チューブを用意して,5 μL の 2x 反応液を入れる。
   注: このあと,この反応液に対して,生きたままの大腸菌の懸濁液を加えるので,
      この段階でみんなが揃うのを待ちます。全員の準備ができたら次のステップへ。
 
5. 各自の大腸菌懸濁液を 5 μL とって,2x 反応液に加え,そのピペットで混ぜる。
   注: 大腸菌の懸濁液が 5 μL 残りますね。これを捨てずに回収します。
      * この懸濁液に培養液を少量加えて PCR の間 37℃ に置いておけば,
        PCR の結果がわかる頃 (数時間後) には少し培養液が濁るくらいに
        大腸菌が増殖します。その半分 (あるいは全量) を試験管に移せば
        さらにその数時間後には miniprep ができるほどにまで菌が増殖します。
        これによって実験が大幅にスピードアップして時間を節約できます。
      * さらに,懸濁液に爪楊枝の先を浸け,それを新しい寒天培地に植えれば
        みんなが初日に使ったような,保存用の菌 (マスタープレート) ができる
        のです。

6. サーマルサイクラーにチューブをセットして PCR 反応開始。
   温度条件(プログラム)は以下のとおり。
   (1) 95℃ で 2 分
   (2) [ 94℃ で 30 秒,50℃ で 30 秒,72℃ で 1 分 ]
       を 30 回繰り返す。
   (3) 25℃ で保温。
   実習の時間中に結果を見たいので,少し短めの反応時間です。そのために,mCherry
   cDNA 中にプライマーを作りました。

5. PCR 反応液の全量 10 μL に対して,6 x 色素溶液を 2 μL 加え,6 μL を
   電気泳動する。



実験 に使う試薬

(a) 10x PCR バッファー

メーカーによっていろいろだが,今回使う 10x バッファーの組成は
[100 mM Tris-HCl (pH 8.3),500 mM KCl,15 mM MgCl2,0.01% ゼラチン]

(b) dNTP mixture

各 2.5 mM の dATP,dCTP,dGTP,dTTP の混合液。

(c) Taq DNA polymerase

Thermus aquaticus という好熱性細菌からとられた DNA 依存性 DNA ポリメラーゼ。PCR に
用いられる酵素の中で最もポピュラーであるが,proof-reading 機能が弱く,ときどき間違った
ヌクレオチドを取り込むことが知られている。また,合成した鎖の 3' 末端に,鋳型と無関係な
アデニンヌクレオチドを 1 個付加するクセがあり,これを利用して効率よくプラスミドに組み
込む手法も開発されている。詳しい情報については「知っておかなければならないこと」の中で
紹介した本を読むこと。今回の実習で使うのは Ampliqon 社製。



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