海洋生命・分子工学実験 II

(2) 制限酵素によるプラス ミドの切断
 
 みんなのデータ 



はじめに

プラスミドと cDNA の塩基配列を確認して,材料を用意できたら,いよいよ本格的に実験開始
です。この実習では,以下の実験をします。 (0) でも触れましたが・・・

pCR II に組み込まれた mCherry cDNA を切り出して,pBluescript II SK+ に移し替え
mCherry
タンパクを発現させてみようと思います。


みんなは,2 つのグループに分かれていますね (作業は一人ひとりが別々に行います)。
一つのグループに属する人は,制限酵素BamHIXhoI) を利用して pCR II ベクター
本体から mCherry cDNA を回収します。もう一つのグループに属する人は,EGFP cDNA の
組み込まれた pBluescript II SK+ を同じ制限酵素の組み合わせで切断して環を切り開いて
ベクター本体側を回収し, cDNA を組み込めるようにしておかないといけません。
基本的に,みんな,自分の調製したプラスミドを材料に使うことにしましょう。自分のが
うまく取れなかった人は,同じプラスミドを持っている他の人から分けてもらいましょう。



知っておかなければならないこと

制限酵素は決まった配列の二重鎖 DNA を認識してそれを切断する酵素の総称です。
BamHI は [5'-GGATCC-3'] という配列を認識して,これを [G / GATCC] という風に切断
します。また XhoI は [5'-CTCGAG-3'] を [C / TCGAG] という風に切断します(図 1)。
図 1 に示した例は,切断された DNA の末端において 5' 末端の方が 4 塩基突出した形に
なっています。このような末端を付着末端cohesive end)あるいは 5' 突出末端5'-
protruding end
)といいます。酵素の種類によっては,逆に 3' 突出末端を作るものや,
5' 側にも 3' 側にも突出のない平滑末端blunt end) を作るものもあります。

図 1:BamHI and XhoI

切断末端の形状が同じ DNA 断片どうしは再び連結することができます。同じ制限酵素で切断
した末端どうしは再連結させることができます。また,平滑末端どうしならどんな制限酵素で
切断した末端どうしでも連結できます。さらに,異なる配列を認識する制限酵素で切断した
末端どうしであっても,突出部分の配列が同じであれば連結することができます(図 2)。
図 2 の例では,SalIXhoI で切断した末端どうしを連結させています。できあがった配列に
注目してください。[5'-GTCGAG-3'] というこの配列は SalIXhoI どちらの認識配列とも
違います。従って,このような連結をした後の配列はもう SalI でも XhoI でも切断することが
できません。

図 2SalI + XhoI

DNA の末端どうしの連結に使うのは,DNA の修復複製に関わる酵素(DNA リガーゼといい
ます・・・「分子遺伝学」 の講義を憶えているかな?)。これらの酵素類のおかげで,私たちは
遺伝子や cDNA を自由自在に切ったり貼ったりできます。これが遺伝子工学の
真髄です。こういった作業の原理や方法は非常にシンプルであり,しかもほとんど全ての生物に
応用できます。そして何よりも遺伝や遺伝子の本質に直接迫るこういった実験法の確立は,
生命科学の爆発的な進歩を可能にしたのです。

制限酵素を利用するときに注意すべき点は,反応液の組成です。酵素の種類によって反応に
最適な塩濃度や pH などが違います。塩濃度が高すぎたり低すぎたり,また pH が大きくずれて
いたり酵素の濃度が高すぎたりすると,本来なら切らないはずの(認識配列と似ているけれども
同一ではない)配列を切ってしまうことがあります。これを制限酵素の Star 活性と いいます。
今回の実習で使う BamHI は非常に Star 活性の出やすい酵素です。例えば,本来の認識配列
[GGATCC] と似ている [GGATCT] などといった配列を切る可能性があります。実習では,
反応液の組成がでたらめにならないよう、ピペットでの計量を正確にするよう心がけましょう。

【 予習問題 】 今回の実習について,以下の問いに答えてください。これらの問題に正しく
  答えられないようでは,この先の実習で失敗する可能性がとても大きくなります。なお,問題
  の中に 「BamHI と XhoI で・・・切断・・・」 という表現が出てきますが,これは 1 つの反応液
  の中に,BamHI と XhoI の両方を同時に入れて,プラスミドを切断するという意味です。
  プラスミドのマップと塩基配列を見ながら,できるだけ正確に計算してください。
 (1) pCR II-mCherryBamHI と XhoI で完全に切断すると,どれだけの長さの何本の断片が
   できますか?
 (2) pBluescript II SK+ -EGFPBamHI と XhoI で完全に切断すると,どれだけの長さの何本
   の断片ができますか?



実験
1. 1.5 mL エッペンチューブを用意し,以下の試薬を混合して mCherry cDNA を切り
  出すための反応液を作る。 

H2O (プラスミドと水で計 38 μL になるように)
35〜37 μL
pCR II-mCherry (自分で用意したプラスミド)
1〜3 μL
10x 制限酵素バッファー (a)
5 μL
10x ウシ血清アルブミン (b)
5 μL
BamHI (c)
1 μL
XhoI (d)
1 μL
    
1. 1.5 mL エッペンチューブを用意し,以下の試薬を混合して pBluescript II SK+ から
  EGFP cDNA を切り捨てるための反応 液を作る。 

H2O (プラスミドと水で計 38 μL になるように) 35〜37 μL
SK+EGFP (自分で用意したプラスミド)
1〜3 μL
10x 制限酵素バッファー (a)
5 μL
10x ウシ血清アルブミン (b)
5 μL
BamHI (c)
1 μL
XhoI (d)
1 μL

   注: プラスミドはそれぞれどれだけの長さの何本の断片に切れるか,あらかじめ確認
      しておくこと。

2. 反応液をよく混ぜて,37℃ で約 1 時間,反応させる。
   注: 制限酵素はタンパク質なので,凍結融解を繰り返すと立体構造が壊 れて活性
      が落ちます。そこで,-30℃ の冷凍庫で凍らないように(また,タンパクが安定に
      保たれるように) 50% のグリセリンを含むバッファーに溶か してあります。その
      ため,反応液に酵素を入れると酵素はすぐに反応液に混ざらずに底に沈みます。
      反応液を作ったときによく混ぜないと反応が進まないので注意。

3. 反応液に,等量の フェノール /クロロホルム混合液 (e) を加えてボルテックス。
   注: みんなが使うフェノール/クロロホルム混合液は水で飽 和させたものであり,
      チューブの中で分離していますが,下の黄色い層がフェノール/クロロホルム
      なのでそちらを使わなければいけません。

4. 5 分間遠心する。
   注: 特に断りがない限り,エッペン用の遠心機を用いて 12000〜14000 rpm で。

5. 黄色の下層(有機溶媒の層)と無色の上層(水層)に分離するので,上層を
  とっ て新しいエッペンに移す。
   注: 遠心後,タンパク質は変性してフェノール/クロロホルム 層と水層の間に白い
      沈殿となります。(タンパク量が少ない場合には沈殿が見えない場合もあり
      ます。)一方,核酸は水層に残るので,ほしいのは水層です。
      間違えないように。

6. 5 μL の 3 M NaOAc (f) と 125 μL のエタノールを加え,よく混ぜる。
   注: これがごく標準的なエタノール沈殿(略してエタ沈)。

7. -80℃ に 5 分ほど置いた後,10 分間遠心し,上清を完全に捨てる。

8. 75% エタノールを 200 μL ほど静かに注ぎ込み,再び 1 分ほど遠心。

9. エタノールを完全に捨てる。

10. 沈殿が乾燥したら 10 μL の TE バッファー (g) を加える
   ここまでできたら次のステップへ。。。



実験に使う試薬

(a) 10x 制限酵素バッファー
10x というのは,反応液中の最終濃度に対して 10 倍の濃度・・・すなわち,10 倍濃縮
という意味。メーカーによって組成に多少の違いがあるが,例えば New England Biolabs
BamHI 用に奨める 10x バッファーの組成は [500 mM Tris-HCl (pH 7.9),1000 mM
NaCl,100 mM MgCl2,10 mM dithiothreitol (DTT)]。XhoI 用のは [200 mM Tris-acetate
(pH 7.9),500 mM potassium acetate,100 mM MgCl2,10 mM DTT]。両者の組成は
異なるが,XhoI は BamHI 用のバッファーでも (どんなバッファーでも) よく切れるうえに
異なるバッファーでも Star 活性が出にくい。一方,BamHI はバッファーの組成が変わると
とても Star 活性が出やすい。したがって,今回の実習では BamHI 用のバッファーを使い,
両方の酵素で同時に切断する。
(b) 10x ウシ血清アルブミン
1 mg/mL のウシ血清アルブミンを使う。反応液中の制限酵素は低濃度になるが,ウシ
血清アルブミンを混ぜておくと酵素タンパクの安定性が増す。酵素によっては添加不要
なのだが,ウシ血清アルブミンを添加することによって活性が阻害されるような制限酵素
はないので(必要か不要かをいちいち考えるのが面倒なので),大抵はウシ血清アルブミン
を含む反応液を作る。
(c) BamHI
Bacillus amyloliquefaciens H という細菌起源。認識配列は [5'-G/GATCC-3']
Bam というのは属名の頭 1 文字と種名の頭 2 文字をとったもの。このように,制限酵素
の名前の頭 3 文字は学名ラ テン語) に由来するのでイタリックで書く。 4 文字め以降は
イタリックにしない。ちなみに,DNA 上の認識配列を表記するときには BamHI はイタリック
にしない。 BamHI は高濃度のグリセリン,Mn2+ の存在,低イオン強度下で Star 活性
出ることが知られている。
(d) XhoI 
Xanthomonas holcicola という細菌由来。認識配列は [5'-C/TCGAG-3']
(e) フェ ノール/クロロホルム混合液

滅菌水あるいは TEバッファー (g) で飽和させたフェノール (h)クロロホルムを等量
混ぜたもの。消泡剤として少量のイ ソアミルアルコール3- メチル-1-ブタノール) を
混ぜることがある。核酸溶液中のタンパク質を変性させて,核酸を精製する目的で
日常的に使う。激しく振り混ぜた後に遠心すると,変性したタンパク質は重いフェノール/
クロロホルムの層と軽い水層の間に白い沈殿となる。核酸は水層にとどまるので,水層を
回収する。

(f) 3 M NaOAc
3 M の酢酸ナトリウムをこう書く。酢酸ナトリウムの粉を最終濃度 3 M になるように溶かし,
酢酸で pH を 5.2 に合わせたもの。核酸のエタノール沈殿用の塩としては最も一般的に
使われる。エタノール沈殿のときは 0.3 M になるように核酸溶液に加え,さらに 2〜2.5
倍量のエタノールを加えて核酸を沈殿させる。(RNA の場合は 3 倍量のエタノールを
使用する)
(g) TE バッファー

TE というだけで世界中で通じる。10 mM Tris-HCl (pH 7.5 or 8.0 が普通・・・今回の実験
では pH 7.5 のものを使う) と 1 mM EDTA の混合液。 DNA の保存用に使う。調製後に
オートクレーブする場合はフタを完全に閉じておかないと塩化水素が飛んで pH が高く
なるので注意。DNA を分解するような活性のある酵素の多くは、反応に Mg2+ イオンを
要求するため,2 価イオンのキレート剤である EDTA を含むバッファー中では働きにくい。
TE バッファーに溶かした DNA は冷蔵庫で何年でも安定に保存できる。

(h) フェノール

フェノールは室温で結晶。これを 65℃ 前後で溶かし,滅菌水あるいは Tris-HCl バッファーで
飽和させる。その後,EDTA,2-メルカプトエタノール,酸化防止剤 8-ヒドロキシキノリンを
加えて完成。



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