生体機能物質工学実験 II

6. アガロースゲル電気泳動と
ゲルからの DNA の精製

みんなのデータ


はじめに

次にしたいことは、制限酵素で切断した cDNA 断片と pQE30 プラスミドとの連結です。
ここで、注意すべきことは、制限酵素消化の反応液中には、自分のほしい cDNA と
pQE30 プラスミドだけではなく、pBluescript II SK+ プラスミドの断片などといった
不要な DNA 断片も存在することです。しかも、それらの断片の末端の形状も、当然の
ことながら BamHIHindIII によって作られた付着末端です。したがって、連結反応を
させる前に不要な DNA 断片を除去したいですね。ここで行うのは、制限酵素切断片の
アガロースゲル電気泳動と、ゲルからの DNA 断片の精製です。


知っておかなければならないこと

アガロースは寒天の主成分です(図 1)。

図 1 
アガロース

アガロースゲルを用いた DNA の電気泳動も、分子生物学の分野ではごく日常的な
実験で、ときには 1 日に 5 回も行ったりします。アガロースでできたゲル中に電場を
作るとマイナスに荷電した DNA はプラス極の方に向かって移動します。アガロースの
繊維は分子篩(ふるい)として働きます。短い DNA は篩の目に引っかからないので
するするとすばやく移動し、長い DNA はあっちに引っかかりこっちに引っかかりしながら
ゆっくりと移動するので、 DNA を長さによって分離できるというわけです。長さの
わかった DNA 断片(サイズマーカーという)を一緒に泳動すると、自分の調べたい
DNA 断片のおよその長さがわかります(図 2)。

図 2 アガロースゲル電気泳動の例

電気泳動の例

図 2 の電気泳動では、右端のレーンにサイズマーカーを泳動しました。ここで用いた
サイズマーカーは φX174 という小さなバクテリオファージを HaeIII という制限酵素で
切断した断片です。図の上がマイナス極側(泳動の起点側)で下がプラス極側です。
サイズの大きいバンド(図の上側)から順に、1353 bp、1078 bp、872 bp、603 bp、
310 bp、281 bp、
271 bp、234 bp、194 bp、118 bp、72 bp ですが、310 bp より
短い断片はきちんと分離していません。この図のゲルは 1% アガロースゲルです。
2% とか 3% のゲルならもう少し短い DNA 断片もきれいに分離しますが、今度は
長い DNA 断片があまり分離しなくなります。

今回の実習で、みんなが制限酵素消化した DNA は、電気泳動でどのような
バンドになるか予想してください。


このような予想をすることは重要です。実際に電気泳動をしてみて、予想とちょっとでも
違うパターン(予想よりわずかに小さいとか、余分なバンドが出ているとか)になった
としたら、以後の実験は大抵失敗します。それは、例えば制限酵素の Star 活性が
出たためかも知れませんし、実験の計画そのものが間違っていた可能性を示唆する
わけです。必ず、電気泳動の前に、どのようなサイズのバンドが全部で何本出るはず
かを予測しておいてください。

電気泳動の次には、目的のバンドを切り出して、そのゲル片から DNA を抽出・精製
します。これには市販のキット(タカラEasyTrap Ver. 2)を使います。詳しくは、
キットの説明書を配るので、それをよく読んでください。あらかじめほしい人は、藤原の
ところまで来てください。
すぐにコピーしてあげます。


実験

1. 制限酵素処理後の DNA (10 μL の TE に溶けている)に 6x 色素溶液(a)
   を 2 μL 加えて、1% アガロースゲル(b) 電気泳動をする。サイズマーカー
   には λ/HindIII(d) を 10 μL 使う。

2. トランスイルミネーターでバンドを確認し、必要なバンドをゲルから切り出す。
   新しいエッペンを用意し、切り出したバンドを入れる。

3. エッペンのゲル片を軽く遠心して、ゲルの大きさを推定する。
    
4. ゲルの 3 倍量の NaI (ヨウ化ナトリウム)溶液を加える。
   ゲル片が約 100 μL なら NaI 溶液を約 300 μL 。

5. 55℃ でゲルを溶かした後、室温に戻す。

6. Easy Trap ガラスパウダーを 5 μL 加え、よく混ぜる。
   ガラスパウダーは硬い沈殿になっているので、使う前に念入りにボルテックス
   して、ほぐしておく。

7. 室温で 5 分間おく。
   ときどきボルテックスをして、ガラスビーズが沈まないようにする。ヨウ素イオン
   のようにイオン半径の大きい(chaotropic な)イオンの存在下で、DNA がガラス
   ビーズの表面に吸着する。

8. 3 秒ほど遠心し、上清を捨てる。

9. 洗浄用緩衝液を 500 μL 加え、ボルテックスで沈殿をほぐす。

10. 3 秒ほど遠心し、上清を捨てる。

11. ステップ 7 とステップ 8 を繰り返す。

12. 沈殿に TE バッファーを 20 μL 加え、ボルテックス。
   沈殿を完全にほぐす。

13. 55℃ で 2 分ほどおく。
   ときどきボルテックス。・・・これで、DNA がガラスからはがれる。

14. 5 秒ほど遠心し、上清を新しいエッペンに移す。
   沈殿を取らないように。

15. もう 1 度 5 秒ほど遠心し、上清を新しいエッペンに移す。
   絶対に沈殿を取らないように。

16. 上清の 5 μL 分をアガロースゲル電気泳動でチェック。
   精製された DNA 断片の量と純度を推定する。
   バンドとして見える程度の量があれば、次のステップに進める。

実験に使う試薬・器具

(a) 6x 色素溶液

この実験では、[30% グリセリン、0.05% キシレンシアノール、0.05% ブロモフェノール
ブルー] を使う。グリセリンは溶液を重くするため。ブロモフェノールブルーは泳動中
にサンプルがどの程度まで泳動されてきたかをモニターするための色素。1%
アガロースゲルでは、ブロモフェノールブルーは約 300 bp の DNA 断片とほぼ同じ
位置を流れる。
(b) 1% アガロースゲル
1% のアガロース(アガロースは寒天の主成分・・・図 5)を、 TAE バッファー(c)
加熱溶解した後、臭化エチジウムを 0.5 μg/mL 加えて、固めたもの。500 bp から
4 kb 程度のサイズの核酸を分離できる。臭化エチジウムは発がん物質なので
ゲルを素手で扱わないように。手についても問題はないが、洗った方が無難。
(c) TAE バッファー
40 mM Tris-acetate (トリスバッファーの pH を酢酸で約 8 に調整したもの)と
1 mM EDTA を含むバッファー。通常、50x 濃度のストック溶液を調製し、希釈して
使う。
(d) λ/HindIII
野生型の λ ファージHindIII で切断した断片。大きい方から 23.13 kb、
9.42 kb、6.56 kb、4.36 kb、2.32 kb、2.02 kb、0.56 kb、0.13 kb
。上述の
φX174/HaeIII マーカーよりも比較的大きな断片が多い。2 つのマーカーを
あわせて使う人が多い。λファージを制限酵素で切断したマーカーは他にも
たくさんあるが、注意することがある。λファージはファージ粒子の内部では
直鎖状であり、大腸菌に感染すると環状になる。実はファージのゲノム DNA
の両端は相補的な付着末端cos site という)になっており、この部分が
ファージが閉環状になるときの両末端の連結に重要なのである。また、ファージ
が大腸菌内で新たな殻の中に入るときには直鎖状のファージゲノム DNA が
タンデムに多数連結したもの(concatemer という)が生成する。このときにも
直鎖状のファージ DNA どうしは cos site で連結している。λファージ由来の
サイズマーカーを使うときには、凍結保存してあるマーカーを溶かした後
すぐに氷につけておき、決して温めてはいけない。温めると、23.13 kb のバンド
と 4.36 kb のバンドがくっついてしまう。

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