生体機能物質工学実験 II

5. pBluescript II SK+ ベクターからの
EGFP cDNA の切り出し

みんなのデータ


はじめに

さて、期待したとおりの突然変異の導入された cDNA はできていましたか?塩基配列を
確認したら、今度は変異の入った cDNA から変異型タンパクを発現させたいですね。
第 1 章のページをもう一度見てください。変異導入の作業をするときには cDNA を
pBluescript II SK+ というプラスミドに組み込んであります。憶えていますか?
・・・そんなわけで、変異を導入した cDNA をタンパク発現用のプラスミド(pQE30)に
移し替える作業をしなければいけません。ここでは、まず、制限酵素を利用して、
cDNA を切り出します。


知っておかなければならないこと

制限酵素は特定の配列をした 2 本鎖 DNA を認識してそれを切断する酵素の総称です。
例えば、BamHI という制限酵素は [5'-GGATCC-3'] という配列を認識して、これを
[G / GATCC] という風に切断します。また例えば XhoI という制限酵素は
[5'-CTCGAG-3'] という配列を認識して [C / TCGAG] という風に切断します(図 1)。
図 1 に示した例は、切断された DNA の末端において 5' 末端の方が 4 塩基突出
した形になっています。このような末端を付着末端cohesive end)あるいは 5' 突出
末端
5'-protruding end)といいます。酵素の種類によっては、逆に 3' 突出末端
を作るものや、5' 側にも 3' 側にも突出のない平滑末端blunt end)を作るものも
あります。

図 1 BamHI and XhoI

切断端の形状が同じ DNA 断片どうしは、再び連結することができます。同じ制限酵素で
切断した末端どうしは当然再連結させることができます。また、平滑末端どうしなら
どんな制限酵素で切断した末端どうしでも連結できます。さらに、異なる配列を認識する
制限酵素で切断した末端どうしであっても、突出部分の配列がたまたま同じであれば
連結することができます(図 2)。図 2 の例では、SalIXhoI で切断した末端どうし
を連結させています。できあがった配列に注目してください。[5'-GTCGAG-3'] という
この配列は SalIXhoI どちらの認識配列とも違います。従ってこのような再連結を
した後の配列は、もう SalI でも XhoI でも切断することはできません。

図 2 SalI + XhoI


DNA の末端どうしの連結に使うのは、DNA の修復や複製に関わる酵素(DNA リガーゼ
いいます・・・「分子遺伝学 C」の講義を憶えているかな?)。これらの酵素類の おかげで、
私たちは遺伝子や cDNA を自由自在に切ったり貼ったりできるのです。
これが遺伝子工学の真髄です。こういった作業の原理や方法は非常にシンプルであり
しかもほとんど全ての生物に応用できます。そして何よりも、遺伝や遺伝子の本質に
直接迫るこういった実験法の確立は、生命科学の爆発的な進歩を可能にしたのです。

制限酵素を利用するときに、注意すべき点は、反応液の組成です。酵素の種類によって
反応に最適な塩濃度や pH などが違います。塩濃度が高すぎたり低すぎたり、また
pH が大きくずれていたり、また酵素の濃度が高すぎたりすると、どういうことが起こるか
というと、本来なら切らないはずの(認識配列と似ているけれども完全に同じではない)
配列を切ってしまうのです。これを制限酵素の Star 活性といいます。今回の実習でも
使う BamHI は非常に Star 活性の出やすい酵素です。例えば、本来の認識配列
[GGATCC] と似ている [GGATCT] などといった配列を切る可能性があります。
実習では、反応液の組成がでたらめにならないよう、ピペットでの計量を正確にするよう
心がけましょう。


実験

Miniprep で調製したプラスミド DNA を使う。前の段階の塩基配列チェックで、期待
通りに変異の入っていた cDNA を使う。また、予想外の変異が入った cDNA が
あればそれも使う。約半数の人には cDNA の切断を担当してもらい、残り半数の
人には、受け入れ側(?)の pQE30 の切断を担当してもらう。

1. 1.5 mL エッペンチューブを用意し、cDNA 切り出し用の反応液を作る。 

    H2O                     33 μL
    Miniprep で調製したプラスミド DNA   5 μL
    10x 制限酵素バッファー (a)        5 μL
    
10x Bovine Serum Albumin (b)      5 μL
    
BamHI (c)                   1 μL
    HindIII (d)                  1 μL

    
2. 1.5 mL エッペンチューブを用意し、pQE30 切断用の反応液を作る。 
   注: “pQE30” とは言うものの何も組み込まれていないままのベクターではなく、
      変異の入っていない EGFP cDNA が組み込まれたものを使う。それには
      いくつかの理由があるので、後でみんなで考えてみよう。

    H2O                     34 μL
    pQE30 (0.25 μg/μL)          4 μL
    10x 制限酵素バッファー (a)        5 μL
    
10x Bovine Serum Albumin (b)      5 μL
    
BamHI (c)                   1 μL
    HindIII (d)                  1 μL

3. 反応液をよく混ぜて、37℃ で約 1 時間、反応させる。
   注: 制限酵素は、タンパク質なので、凍結融解を繰り返すと立体構造が
      壊れて活性が落ちる。そこで、-30℃ の冷凍庫で凍らないように(また、
      タンパクが安定に保たれるように) 50% のグリセリンを含むバッファー
      に溶けている。そのため、反応液に酵素を入れると酵素はすぐに反応
      液に混ざらずに底に沈む。反応液を作ったときによく混ぜないと、反応
      が進まないので注意。

4. 反応液に等量のフェノール/クロロホルム混合液を加え、ボルテックス。

5. 5 分間遠心する。

6. 黄色の下層(有機溶媒の層)と無色の上層(水層)に分離するので、上層を
   とり、新しいエッペンに移す。

7. 5 μL の 3 M NaOAc (e) と 125 μL のエタノールを加え、よく混ぜる。
   注: これがごく標準的なエタノール沈殿(略してエタ沈)。

8. -80℃ に 5 分ほど置いた後、10 分間遠心し、上清を完全に捨てる。

9. 75% エタノールを 200 μL ほど静かに注ぎ込み、再び 1 分ほど遠心。

10. エタノールを完全に捨てる。

11. 沈殿が乾燥したら 10 μL の TE を加える
   ここまでできたら次のステップへ。。。


実験に使う試薬・器具

(a) 10x 制限酵素バッファー

メーカーによって多少の違いがあるが、例えばタカラBamHI 用に奨める 10x
バッファーの組成は [200 mM Tris-HCl (pH 8.5)、100 mM MgCl2、10 mM DTT、
1000 mM KCl]。HindIII 用は [100 mM Tris-HCl (pH 7.5)、100 mM MgCl2、10 mM
DTT、500 mM NaCl]。両者の組成は異なるが、HindIII は BamHI 用のバッファーで
もよく切れる。一方、BamHI は HindIII 用のバッファーでは、20% 以下の相対活性
しか望めない。従って、今回の実習では BamHI 用のバッファーを使って、
両方の酵素で同時に切断する。
(b) Bovine Serum Albumin
1 mg/mL のウシ血清アルブミンを使う。反応液中の制限酵素は低濃度になるが、
ウシ血清アルブミンを混ぜておくと、タンパクの安定性が増す。酵素によっては
添加不要なのだが、ウシ血清アルブミンを添加することによって活性が阻害される
ような制限酵素はないので、(必要か不要かをいちいち考えるのが面倒なので)
大抵はウシ血清アルブミンを含む反応液を作る。
(c) BamHI
Bacillus amyloliquefaciens H という細菌起源。認識配列は [5'-G/GATCC-3']
Bam というのは属名の頭 1 文字と種名の頭 2 文字をとったもの。このように、
制限酵素の名前の頭 3 文字は学名ラテン語)に由来するので、イタリックで書く。
4 文字め以降はイタリックにしない。ちなみに、DNA 上の認識配列を表記するときには
BamHI はイタリックにはしない。 BamHI は、高濃度のグリセリン、Mn2+ の存在、
低イオン強度下で Star 活性が出ることが知られている。
(d) HindIII 
Haemophilus influenzae Rd という細菌由来。認識配列は [5'-A/AGCTT-3']
Mn2+ や DMSO の存在下で Star 活性が出ることがある。
(e) 3 M NaOAc
3 M の酢酸ナトリウムをこう書く。酢酸ナトリウムの粉を最終濃度 3 M になるように
溶かし、酢酸で pH を 5.2 に合わせたもの。核酸のエタノール沈殿用の塩としては
最も一般的に使われる。エタノール沈殿のときは 0.3 M になるように核酸溶液に
加え、さらに 2〜2.5 倍量のエタノールを加えて核酸を沈殿させる。(RNA の場合は
3 倍量のエタノールを使用する)

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