海洋生命・分子工学実験 II

(1) 制限酵素によるプラス ミドの切断
 


はじめに

プラスミドと cDNA の塩基配列を確認したらいよいよ実験の計画です。この実験では,以下
の実験をします。 (0) でも触れましたが・・・

この実習では,pBluescript II SK+ に組み込まれた EGFP cDNA を切り出して,
タンパク発現用の pQE30 に移し替えEGFP タンパクを発現させます。

みんながまず最初にするのは,制限酵素を利用して pBluescript II SK+ プラスミド本体から
EGFP cDNA を切り出すことです。それと同時に,pQE30 の方も(同じ制限酵素の組み合
わせで切断して)環を切り開き,cDNA を組み込めるようにしておかないといけません。後述
しますが,みんなに渡す pQE30 は,何も組み込んでいない状態のものではなく,BamHI
配列と HindIII 配列の間に約 700 bp の cDNA を組み込んだ状態のものです。なぜそういう
ものを使うのかはあとで説明します。



知っておかなければならないこと

制限酵素はきまった配列の 2 本鎖 DNA を認識してそれを切断する酵素の総称です。例えば,
BamHI という制限酵素は [5'-GGATCC-3'] という配列を認識して,これを [G / GATCC]
という風に切断します。また例えば XhoI という制限酵素は [5'-CTCGAG-3'] という配列を
認識して [C / TCGAG] という風に切断します(図 1)。図 1 に示した例は,切断された DNA
の末端において 5' 末端の方が 4 塩基突出した形になっています。このような末端を付着末端
cohesive end)あるいは 5' 突出末端5'-protruding end)といいます。酵素の種類によって
は,逆に 3' 突出末端を作るものや,5' 側にも 3' 側にも突出のない平滑末端blunt end)を
作るものもあります。

図 1 BamHI and XhoI

切断端の形状が同じ DNA 断片どうしは再び連結することができます。同じ制限酵素で切断した
末端どうしは当然再連結させることができます。また,平滑末端どうしならどんな制限酵素で
切断した末端どうしでも連結できます。さらに,異なる配列を認識する制限酵素で切断した
末端どうしであっても,突出部分の配列がたまたま同じであれば連結することができます(図 2)。
図 2 の例では,SalIXhoI で切断した末端どうしを連結させています。できあがった配列に
注目してください。[5'-GTCGAG-3'] というこの配列は SalIXhoI どちらの認識配列とも
違います。従って,このような連結をした後の配列はもう SalI でも XhoI でも切断することが
できません。

図 2 SalI + XhoI

DNA の末端どうしの連結に使うのは,DNA の修復複製に関わる酵素(DNA リガーゼといい
ます・・・「分子遺伝学 C」 の講義を憶えているかな?)。これらの酵素類のおかげで,私たちは
遺伝子や cDNA を自由自在に切ったり貼ったりできるのです。これが遺伝子工学の
真髄です。こういった作業の原理や方法は非常にシンプルであり,しかもほとんど全ての生物に
応用できます。そして何よりも遺伝や遺伝子の本質に直接迫るこういった実験法の確立は,
生命科学の爆発的な進歩を可能にしたのです。

制限酵素を利用するときに注意すべき点は,反応液の組成です。酵素の種類によって反応に
最適な塩濃度や pH などが違います。塩濃度が高すぎたり低すぎたり,また pH が大きくずれて
いたり酵素の濃度が高すぎたりすると,本来なら切らないはずの(認識配列と似ているけれども
同一ではない)配列を切ってしまうことがあります。これを制限酵素の Star 活性と いいます。
今回の実習で使う BamHI は非常に Star 活性の出やすい酵素です。例えば,本来の認識配列
[GGATCC] と似ている [GGATCT] などといった配列を切る可能性があります。実習では,
反応液の組成がでたらめにならないよう、ピペットでの計量を正確にするよう心がけましょう。



実験
受講生の半分の人には EGFP cDNA を組み込んだ pBluescript II SK+ プラスミド DNA を
渡します。残りの半分の人には,約 700 bp の cDNA を組み込んだ pQE30 プラスミドを
渡します。
 
1. 1.5 mL エッペンチューブを用意し,以下の試薬を混合して EGFP cDNA 切り出し
   用の反応液を作る。 

H2O
36 μL
EGFP-pBluescript II SK+ (0.5 μg/μL)
2 μL
10x 制限酵素バッファー (a)
5 μL
10x ウシ血清アルブミン (b)
5 μL
BamHI (c)
1 μL
HindIII (d)
1 μL
    
2. 1.5 mL エッペンチューブを用意し,以下の試薬を混合して pQE30 切断用の
   反応 液を作る。 

H2O
36 μL
pQE30 (0.5 μg/μL)
2 μL
10x 制限酵素バッファー (a)
5 μL
10x ウシ血清アルブミン (b)
5 μL
BamHI (c)
1 μL
HindIII (d)
1 μL
   注: みんなに配る pQE30 には,BamHI 配列と HindIII 配列の間に約 700 bp の
      cDNA を組み込んであります。みんながほしいのは cDNA ではなくプラスミド
      ベクターの方です。切断後は,cDNA の方は捨ててしまいます。

3. 反応液をよく混ぜて,37℃ で約 1 時間、反応させる。
   注: 制限酵素はタンパク質なので,凍結融解を繰り返すと立体構造が壊 れて活性
      が落ちます。そこで,-30℃ の冷凍庫で凍らないように(また,タンパクが安定に
      保たれるように) 50% のグリセリンを含むバッファーに溶か してあります。その
      ため,反応液に酵素を入れると酵素はすぐに反応液に混ざらずに底に沈みます。
      反応液を作ったときによく混ぜないと反応が進まないので注意。

4. 反応液に,等量の フェノール /クロロホルム混合液 (e) を加えてボルテックス。
   注: みんなが使うフェノール/クロロホルム混合液は,水で飽 和させたものであり,
      チューブの中で分離していますが,下の黄色い層がフェノール/クロロホルム
      なのでそちらを使わなければいけません。

5. 5 分間遠心する。

6. 黄色の下層(有機溶媒の層)と無色の上層(水層)に分離するので,上層を
   とっ て新しいエッペンに移す。
   注: 遠心後,タンパク質は変性してフェノール/クロロホルム 層と水層の間に白い
      沈殿となります。(タンパク量が少ない場合には沈殿が見えない場合もあり
      ます。)一方,核酸は水層に残るので,ほしいのは水層です。
      間違えないように。

7. 5 μL の 3 M NaOAc (f) と 125 μL のエタノールを加え,よく混ぜる。
   注: これがごく標準的なエタノール沈殿(略してエタ沈)。

8. -80℃ に 5 分ほど置いた後,10 分間遠心し,上清を完全に捨てる。

9. 75% エタノールを 200 μL ほど静かに注ぎ込み,再び 1 分ほど遠心。

10. エタノールを完全に捨てる。

11. 沈殿が乾燥したら 10 μL の TE バッファー (g) を加える
   ここまでできたら次のステップへ。。。


実験に使う試薬

(a) 10x 制限酵素バッファー
10x というのは,反応液中の最終濃度に対して 10 倍の濃度・・・すなわち,10 倍濃縮
という意味。メーカーによって組成に多少の違いがあるが,例えばタカラBamHI 用
に奨める 10x バッファーの組成は [200 mM Tris-HCl (pH 8.5),100 mM MgCl2,10 mM
dithithreitol (DTT),1000 mM KCl]。HindIII 用は [100 mM Tris-HCl (pH 7.5),100 mM
MgCl2,10 mM DTT,500 mM NaCl]。両者の組成は異なるが,HindIII は BamHI 用の
バッファーでもよく切れる。一方,BamHI は HindIII 用のバッファーでは,20% 以下の
相対活性(専用 バッファーで反応したときと比べて,20% 以下の効率でしか標的配列を
切断しない)しか望めない。したがって,今回の実習では BamHI 用のバッファーを
使って,両方の酵素で同時に切断する。
(b) 10x ウシ血清アルブミン
1 mg/mL のウシ血清アルブミンを使う。反応液中の制限酵素は低濃度になるが,ウシ
血清アルブミンを混ぜておくと酵素タンパクの安定性が増す。酵素によっては添加不要
なのだが,ウシ血清アルブミンを添加することによって活性が阻害されるような制限酵素
はないので(必要か不要かをいちいち考えるのが面倒なので),大抵はウシ血清アルブミン
を含む反応液を作る。
(c) BamHI
Bacillus amyloliquefaciens H という細菌起源。認識配列は [5'-G/GATCC-3']
Bam というのは属名の頭 1 文字と種名の頭 2 文字をとったもの。このように,制限酵素
の名前の頭 3 文字は学名ラ テン語)に由来するのでイタリックで書く。 4 文字め以降は
イタリックにしない。ちなみに,DNA 上の認識配列を表記するときには BamHI はイタリック
にしない。 BamHI は高濃度のグリセリン,Mn2+ の存在,低イオン強度下で Star 活性
出ることが知られている。
(d) HindIII 
Haemophilus influenzae Rd という細菌由来。認識配列は [5'-A/AGCTT-3']
Mn2+ や DMSO の存在下で Star 活性が 出ることがある。
(e) フェ ノール/クロロホルム混合液

滅菌水あるいは TEバッファー (g) で飽和させたフェノール (h)クロロホルムを等量
混ぜたもの。消泡剤として少量のイ ソアミルアルコール3- メチル-1-ブタノール)を
混ぜることがある。核酸溶液中のタンパク質を変性させて,核酸を精製する目的で
日常的に使う。激しく振り混ぜた後に遠心すると,変性したタンパク質は重いフェノール/
クロロホルムの層と軽い水層の間に白い沈殿となる。核酸は水層にとどまるので,水層を
回収する。
(f) 3 M NaOAc
3 M の酢酸ナトリウムをこう書く。酢酸ナトリウムの粉を最終濃度 3 M になるように溶かし,
酢酸で pH を 5.2 に合わせたもの。核酸のエタノール沈殿用の塩としては最も一般的に
使われる。エタノール沈殿のときは 0.3 M になるように核酸溶液に加え,さらに 2〜2.5
倍量のエタノールを加えて核酸を沈殿させる。(RNA の場合は 3 倍量のエタノールを
使用する)
(g) TE バッファー

TE というだけで世界中で通じる。10 mM Tris-HCl (pH 7.5 or 8.0 が普通・・・今回の実験
では pH 7.5 のものを使う) と 1 mM EDTA の混合液。 DNA の保存用に使う。調製後に
オートクレーブする場合はフタを完全に閉じておかないと塩化水素が飛んで pH が高く
なるので注意。DNA を分解するような活性のある酵素の多くは、反応に Mg2+ イオンを
要求するため,2 価イオンのキレート剤である EDTA を含むバッファー中では働きにくい。
TE バッファーに溶かした DNA は冷蔵庫で何年でも安定に保存できる。
(h) フェノール

フェノールは室温で結晶。これを 65℃ 前後で溶かし,滅菌水あるいは Tris-HCl バッファーで
飽和させる。その後,EDTA,2-メルカプトエタノール,酸化防止剤 8-ヒドロキシキノリンを
加えて完成。



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