ホヤの胚発生におけるレチノイン酸の役割
 

レチノイン酸は,ビタミン A からできます。
皮膚の病気やがんの治療にも使われますが,赤ちゃんに奇形を生じる危険な薬でもあります。
レチノイン酸は,背側の神経管だとか,顔や頭の構造,手足など,脊椎動物特有の体の形を作るために必要です。
一方,体づくりのしくみがよく研究されているショウジョウバエなどでは,レチノイン酸は大した役割を担っていないことがわかっています。
ですから,レチノイン酸を体づくりのために利用できるようになったことが,脊椎動物が進化した原動力になったのではないかと,私たちは考えています。
all-trans レチノイン酸

レチノイン酸


レチノイン酸処理をしたホヤの幼生それでは,ホヤのオタマジャクシの体ができるためにレチノイン酸は大事な役割を担っているでしょうか?
ホヤの胚を過剰のレチノイン酸で処理すると,オタマジャクシの頭の形が異常になってしまいます (左図)。

レチノイン酸合成酵素と分解酵素ホヤのレチノイン酸合成酵素 (Raldh2) の mRNA は,尾の最前列の 3 個の筋肉細胞で発現します (左上の図で緑に光っているところ)。
ホヤのレチノイン酸分解酵素 (Cyp26) の mRNA は脳を中心として発現します (左下の図で青く染まっている部分)。
このような発現の場所は,脊椎動物のとよく似ています。

それで,ホヤの胚においても,脊椎動物と同じように,胚の体の中央部分でレチノイン酸が局所的に合成されて,体づくりに大事なはたらきをしているのではないかと考えられます。

と ころが,ホヤと近縁なオタマボヤという動物は,レチノイン酸の合成酵素も,分解酵素も,受容体も持っていないのです。 それなのに,オ タマボヤの体は,ホヤとよく似たオタマジャクシ型です。 だから,もしかしたら,ホヤの体をつくるためにレチノイン酸は大した仕事をしていないんじゃないかと,疑 問を持っている人もいます。

しかし,ホヤでは,オタマボヤと違い,実にたくさんの遺伝子の発現が,レチノイン酸によって活性化したり抑制されたりします。
私たちは,それを,マイクロアレイ解析という方法で明らかにしました。

2003 年の研究の成果 (学術雑誌に掲載されたデータの一部) を載せたページを用意してあります。右の画像をクリックしてください (論文を読んだ研究者がデータを見るためのサイトなので,英語で書いてあります)。

さらに,私たちは,レチノイン酸とその受容体が,Hox1 という遺伝子の転写を活性化するために必要であることを証明しました (下図)。
レチノイン酸受容体 (RAR) の機能を邪魔すると,Hox1 遺伝子の発現が弱くなることがわかります。

RAR による Hox1 遺伝子の転写活性化
マイクロアレイ解析結果へのリンク

マイクロアレイ解析データのページへ
(ちょっと専門的かも)
レチノイン酸で活性化する遺伝子の例 (アポリポタンパク質前駆体遺伝子)
レチノイン酸標的遺伝子

ここで紹介した研究の一部は,以下の論文として発表されています。
*Kanda, M., Wada, H. & Fujiwara, S. (2009) Epidermal expression of Hox1 is directly activated by retinoic acid in the Ciona intestinalis embryo. Dev. Biol. 335: 454-463.
*Fujiwara, S. (2006) Retinoids and non-vertebrate chordate development. J. Neurobiol. 66: 645-652.
*Ishibashi, T., Usami, T., Fujie, M., Azumi, K., Satoh, N. & Fujiwara, S. (2005) Oligonucleotide-based microarray analysis of retinoic acid target genes in the protochordate, Ciona intestinalis. Dev. Dyn.  233: 1571-1578.
*Fujiwara, S. & Kawamura, K. (2003) Acquisition of retinoic acid signaling pathway and innovation of the chordate body plan. Zool. Sci.  20: 809-818.
*Ishibashi, T., Nakazawa, M., Ono, H., Satoh, N., Gojobori, T. & Fujiwara, S. (2003) Microarray analysis of embryonic retinoic acid target genes in the ascidian Ciona intestinalis. Dev. Growth Differ. 45: 249-259.
*Nagatomo, K., Ishibashi, T., Satou, Y., Satoh, N. & Fujiwara, S. (2003) Retinoic acid affects gene expression and morphogenesis without upregulating the retinoic acid receptor in the ascidian Ciona intestinalis. Mech. Dev. 120: 363-372.
*Nagatomo, K. & Fujiwara, S. (2003) Expression of Raldh2, Cyp26 and Hox-1 in normal and retinoic acid-treated Ciona intestinalis embryos. Gene Exp. Patt. 3: 273-277.

いま,私たちは,レチノイン酸合成酵素や,レチノイン酸受容体 (RAR)や,Hox1 が働かないときに
幼生や成体の体の形がどのように影響を受けるか,調べようとしています。
この研究は,世界中の仲間たちと一緒に行っています。下のリストはその一部です。