生体機能物質工学実験 II

2‐6. PCR 産物のプラスミドへの組み込み
プラスミドの大腸菌への導入

実験の結果の例


はじめに

前の実験では、ヘモグロビン cDNA (PCR 産物)と pQE-30 プラスミドの、
制限酵素切断片をアガロースゲルから精製しました。次にすることは、
cDNA 断片とプラスミド断片を連結して、cDNA の組み込まれた環状の
プラスミドを作る作業です(図 1)。そして、その作業がすんだら、今度は
それを大腸菌に導入します。
 

図 1


 


知っておかなければならないこと

cDNA とプラスミドの連結に使うのは T4 ファージ由来の DNA 修復酵素です。
T4 DNA ligase といいます。この酵素が触媒する反応は、末端の形状が
同じ DNA どうしの塩基対形成ではありません。DNA (または RNA)鎖の
5' リン酸基と、3' 水酸基を結合させる反応です(「分子遺伝学Cの復習)。
この実験では、時間短縮のため宝酒造の DNA Ligation Kit ver.2 という
キットを使います。このキットで使う試薬はその組成が秘密になっています。
 そこで、キットを使わない場合の基本的な方法を簡単に紹介します。
T4 DNA ligaseは、例えば以下のような組成の反応液で使用します。
[50 mM Tris-HCl (pH 7.5), 10 mM MgCl2, 10 mM DTT, 1 mM ATP]
MgCl2DTTATP は必須です。通常の方法では室温、または 14-16℃
程度で 4‐16 時間ほど反応させます。
 今回のように、2 種類の DNA 鎖を連結したい場合、DNA 鎖どうしが出会う
確率が高いほど、ライゲーションの効率が高くなります。したがって、反応液に、
ポリエチレングリコールのような”場所をとる”ポリマー分子を高濃度で混ぜて
おくと、溶液の全容量の中で DNA が動き回れる”スペースが非常に狭く”なり、
ライゲーション効率が上がります。キットでは、おそらくこのような工夫が
なされており、そのため、16℃ 30 分程度で非常に効率よくライゲーションが
起こります。
 今回のライゲーションでは、プラスミド断片の両端は、 BamHI と SalI で
切断しており、1本のプラスミドの両端が cDNA を挟まずに連結して閉じて
しまうこと(セルフライゲーションという)はありません。また cDNA どうしが結合
することもありません。したがって、連結後に環状になっているプラスミドは
cDNA を挟みこんでいることが期待されます。

 ライゲーションが済んで環状になったプラスミドを、次に大腸菌に導入します。
バクテリオファージは遺伝子 DNA を包み込む殻やいわゆる”足”の部分を
持っていて、大腸菌の細胞表面タンパクと結合してそこから自力で感染
することができますが、プラスミドは殻を持たない裸の DNA であり、放って
おいても大腸菌には入りません。そこで、大腸菌の細胞壁や細胞膜に
ちょっとダメージを与えておいて、そこにプラスミドを加えることによって、
(ファージが感染するのに比べれば非常に低い頻度で)プラスミドを大腸菌に
取り込ませます。一旦取り込まれれば、プラスミドは、大腸菌の増殖に伴って
複製し、増えることができます。
 大腸菌の表面にダメージを与える方法はいろいろありますが、この実験では
既にそういう処理を施されたうえで生きたまま凍結保存されている大腸菌
competent cells という)を使います。この方法はちょっと面倒なので
実習では、その作業は省略します。みんなは、もらった competent cells に
ライゲーション反応液を添加して、寒天プレートにまくだけです。
 寒天プレートには大腸菌の生育に必要な栄養分の他に、抗生物質
アンピシリンが添加されています。プラスミドを取りこんだ菌は、プラスミドの
持つアンピシリン耐性遺伝子(2‐4 に出てきた)のコードする β‐ラクタマーゼ
の働きにより、アンピシリン入り培地の上で増殖できますが、プラスミドを
取りこまなかった菌は、すぐに死んでしまいます。したがって、
一晩おいた後に
プレート上にできた菌のコロニーは、みな、プラスミドを持つ
大腸菌であるという
わけです。もしも、アンピシリンを含まない培地にまいたら、
プレート全体に菌が
生えてしまいます。

ライゲーションキットの説明書がほしい人は言ってください。コピーをあげます。
 


実験

前の実験で精製した cDNA 断片とプラスミド断片を使う。

1. cDNA 断片とプラスミド断片を混ぜる。
   注: 合計 4 μl にする。電気泳動チェックのバンドの強さを参考に
     して、両方の DNA の濃度が大体一致するくらいの比率で。
    
2. 5x ライゲーションバッファーを 1 μl 加える。
   5x ライゲーションバッファーの組成は
   [500 mM Tris-HCl (pH 7.6), 25 mM MgCl2]

3. キットの Solution I を 5 μl 加えてよく混ぜる。
   Solution I の組成は正確にはわからないが、この中にバッファー、
   ATP、DTT、酵素、ポリエチレングリコールなどが入っていると
   思われる。

4. 16℃ で 30 分、ライゲーション反応を行う。

5. 大腸菌(JM109 系統)の competent cells (a) (凍っている)を
   指先で温めて融かし、すぐに氷につける。
   注: Competent cells は非常に弱くなっており、激しくボルテックス
     したりすると壊れてしまうので。 

6. 大腸菌のけんだく液 50 μl にライゲーション反応液を 5 μl 加える。

7. 氷上に 20 分おく。

8. 42℃ で 1 分 30 秒の熱処理を行う。

9. LB (b) 培養液を 500 μl 加え、30 分振盪培養する。

10. 寒天培地(f) にまき、スプレッダー(g) で塗り広げる。

11. 37℃ で一晩培養する。
   翌朝か、遅くても昼にはコロニーができるはず。プレートは冷蔵庫で
   1‐2 ヶ月保存できる。次の実験の前まで保存しておく。
 


実験に使う試薬・器具

(a) Competent cells

たくさんの方法があるが、ここでは、実習用に実際に行った方法を
紹介する。

(1) 大腸菌を 1.5 ml の LB (b) 培養液で一晩培養する(37℃)。
(2) 2 L 用のフラスコに 200 ml の SOB (c) 培養液を用意し、一晩培養した
   大腸菌を 1 ml 入れる。
(3) 泡立たないようにゆるやかに振盪しながら 37℃ で培養する。
(4) 2 〜 2.5 時間、550 nm の吸光度が 0.6 になるまで培養する。
   注) 吸光度が 0.65 を超えないように。
(5) 10 分間、氷冷する。
(6) 全量を 6,000 rpm で 5 分間遠心する(4℃ で)。
(7) 上清を捨てて、沈殿を、氷冷しておいた 70 ml の TfbI (d)に懸濁する。
(8) 氷につけて 10 分おく。
(9) 6,000 rpm で 5 分間遠心する(4℃ で)。
(10) 上清を捨てて、沈殿を、氷冷しておいた 16 ml の TfbII (e)に懸濁する。
(11) 氷につけて 15 分おく。
(12) エッペンチューブに 100-200 μl ずつ分注する。
(13) ドライアイスを入れて冷やしたエタノールにつけて、急速に凍結する。
(14) -80℃ で保存する。 

(b) LB (Luria-Bertani Broth)
[1% トリプトン(タンパク質の加水分解物)、0.5% 乾燥酵母エキス、1% NaCl]
pH を 7 に合わせる。粉末を蒸留水に溶かし、オートクレーブ滅菌した後
冷えたら必要に応じて抗生物質を加える。
(c) SOB
[2% トリプトン、0.5% 乾燥酵母エキス、10 mM NaCl、2.5 mM KCl] を溶かして
オートクレーブ滅菌をする。それとは別に 1 M MgCl2 と 1 M MgSO4
作って滅菌しておく。これらを、オートクレーブ後の培地に、それぞれ
1/100 量ずつ加える(最終濃度が各 10 mM になるように)。
(d) TfbI
[30 mM KOAc、100 mM RbCl、10 mM CaCl2、50 mM MnCl2、15% グリセリン]
酢酸を用いて pH を 5.8 に調整した後、ろ過滅菌をする。
(e) TfbII
[10 mM MOPS、75 mM CaCl2、10 mM RbCl、15% グリセリン]
KOH を用いて pH を 6.5 に調整した後、ろ過滅菌する。
(f) 寒天培地
この実験では 50−100 μg/ml アンピシリンを含む LB 培地
LB/amp という)を使う。LB 培地の作り方は上記 (b) のとおりで
あるが、粉末を水に溶かした後、最終濃度 1.5% の精製寒天抹を
加え(振り混ぜない)、オートクレーブ滅菌する。オートクレーブ後、
寒天が溶けるので、この段階でよく振り混ぜ、均一にする。寒天が
固まらない程度に冷めてきたらアンピシリンを加えてまぜ、プラスチック
シャーレにまき、固める。
 今回の実験ではプラスミドがアンピシリン耐性遺伝子を持つので
アンピシリン入り培地を作ったが、プラスミドがカナマイシン、テトラ
サイクリンなど別の抗生物質耐性遺伝子を持つ場合は、それに
応じて適当な抗生物質を加える。
(g) スプレッダー
こんな形のガラス棒



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