海洋生命・分子工学実験 II

(6) 塩基配列の決定法

 みんなのデータ 



はじ めに

自分の計画どおりにプラスミドが組み立てられていることを確認する方法は他にもあります。
(5) では PCR によって,期待される長さの DNA 断片が組み込まれていることを確認しましたが
今度は塩基配列を決 定してみましょう。原理は,「遺 伝子工学」などで学んだはずです。
組み込んだ cDNA からタンパク質を発現させ,そのタンパク質を用いて実験をしたい場合には
できることなら挿入した cDNA の端から端まで全塩基配列を読みたいものです。しかし,今回は
片方の端(EGFP タンパクの N 末端を コードする部分とプラスミドと の連結部分)の配列を
読むことにします。
 PCR の場合,挿入された DNA 断片の長さはわかりますが,もしかしたらたまたま同じ長さの
別の配列の(無関係な) DNA 配列が挿入されている可能性も否定できません。また,制限酵素
で切断した末端どうしをライゲーションする場合,ごく 稀にですが,末端が削れて翻訳領域
1 塩基の欠失がで きる場合があります。言い方を換えると,翻訳領域に,欠失突然変異
できるわけです。その結果,フレー ムシフトが起こって期待されるタンパクが作られなくなって
しまいます。ですから,塩基配列は,必ずチェックしないといけません。



知っておかなければな らないこと

塩基配列の決定法として現在広く使われている方法は Sanger et al. (1977) が発明した
ジデオキシ法です。この方法の原理については他の講義で何度も聴かされること と思います。
ここでは原理については簡単に触れるだけにして,より実際的な方法を説明します。
塩基配列決定用の試薬や機器はいろいろなメーカーから市販されているので,実際に行う
作業はそれぞれのメーカーの説明書のとおりに進めれば間違いありません。そんなことも
あって,方法には実にさまざまなバリエーションがあります。ここでは,最初できるだけ一般的
な話をして,徐々にこの実習で実際に行う方法に関する説明を混ぜていきます。
 ジデオキシ法では,塩基配列を決定したい DNA を鋳型として,それに相補的な鎖を合成する
反応を利用します。鋳型とする DNA は 1 本鎖でもいいし 2 本鎖の DNA 断片(例えば PCR
産物)でもいいし,環状プラスミドそのままでも OK です。 1 本鎖を精製した方がきれいに配列
を読むことができるからということで pBluescript などの場合には f1 origin を利用して調製した
1 本鎖 DNA を鋳型とする人がいますが,今回の実験では 2 本鎖のプラスミドをそのまま鋳型
として使います。最近のシステムでは, 2 本鎖 DNA の配列でもとてもきれいに読むことが
できます。
 塩基配列のための DNA 合成反応では,基質となる dNTP に一定の割合でジデオキシ
リボヌクレオシド三リン 酸(ddNTP)を混ぜて合成反応を行います。 ddNTP には 3' 末端に
OH 基がないため,鎖の伸長がそこで止まってしまうという性質を利用してい ます(図 1)。

図 1  ジデオキシ法

図 1 には反応液中に 4 種類の dNTP と ddATP を混ぜたときの反応 生成物を描いてあります。
図では ddATP が取り込まれた部分を a で表し,正常な dATP が取り込まれた箇所(A で表して
ある)と区別しています。どの程度の割合で ddNTP を混ぜるかは使う酵素によって異なります。
ddNTP の割合が高すぎると,プライマーに近い位置で全ての鎖の伸長が止まってしまい,
プライマーから遠い部分の配列が読めないなどの不都合が生じます。この “割合” は、使う
DNA 合成酵素が ddNTP を “どの程度の頻度で” 正常な dNTP と間違うかによって決まります。
 さて,このようにしてさまざまな箇所で合成が止まった,さまざまな長さの鎖を “どうやって見るか”
です。今回の実験では ddNTP が蛍光色素標識されています(蛍光色素が ddNTP に共有結合
でくっついています)。新たに合成されて ddNTP で伸長が止まった鎖が蛍光色素で標識されている
ことになるわけです。これをポリアクリルアミドゲル電気泳動によって分離します。泳動している
ゲルにレーザーを照射して蛍光を検出し,あとはコンピューターで自動解析をするわけです。昔は
蛍光色素ではなく放射性同位元素で標識し,泳動後のゲルを X 線フィルムに押しあてて感光
させ,それを暗室で現像していました。
 さて,昔話はそれくらいにして, 1 のような反応を ddCTP や ddGTP、ddTTP などについて
それぞれ別々に行って,それら 4 サンプルを並べて電気泳動すれば,図 2 のような泳動像を
得られるはずです。

図 2  シークエンス電気泳動
実際には,同じ鋳型から別々に合成反応を行って調製したサンプルを 4 レーン泳動するという
やり方は,現在はもうほとんど誰もやっていません。 1 つの反応液に 4 種類すべての ddNTP
を入れて 1 つのサンプルを 1 レーンだけ泳動するのです。どうしてそういうことができるのか
わかりますか? 実は,各 ddNTP に異なる波長(色)の蛍光を発する別々の色素が結合して
いるものを使うのです。ですから,全てのバンドが 1 レーンに泳動されていても,そのバンドの
発する蛍光の色を検出することにより塩基配列を読むことができるのです(図 3)。

図 3  塩基配列解読

今回用いるのは Applied Biosystems 社Big Dye シークエンス試薬キットを用いて
反応を行い,同社の 3100-Avant Genetic Analyzer を用いて電気泳動と解析を行う予定
です。このシステムは,従来のポリアクリルアミドゲルを使いません。同社製の特殊ポリマー
を充填した細い管(キャピラリー)の中をサンプルが電気泳動されます。大きなゲル(昔は
長いものでは縦が 1 m 近くあるものもありました)を作る手間がいらず,多数のサンプルを
自動的に処理できるという点でとても便利になっています。



pQE30 というプラスミドは,大腸菌の細胞 1 個あたり数個になります。これは実験に使われる
プラスミドとしては少ない方です。一般に,タンパク発現を目的としたプラスミドベクターはそう
いう風にデザインされています。(pBluescript II SK+ は,大腸菌 1 個あたり 300 個くらいにも
なります。)
 通常の実験では,miniprep で精製した プラスミド DNA それ自体を鋳型として塩基配列の
決定を行うのですが,実習ではたいてい成功しません。そこで,ちょっとズルをしてみます。
今回の実習では,PCR によるプラスミドクローンのチェック (5) の実験で増幅した PCR 産物
を鋳型としてジデオキシ法による塩基配列決定を行います。用いるプライマーは
QE-Xho: 5'-CCCTTTCGTCTTCACCTC-3'
です。 PCR のところで使ったプライマーと同じものです。 この配列の 3' 末端の CTC は (0)
配列の XhoI 認識配列の CTC です。みなさんが増幅した PCR 産物の端には,当然このプライ
マーが結合できる配列があります。わかりますね?
 さて,PCR 産物であっても,プラスミドと同じように,シークエンス反応の鋳型として十分
利用可能です。ただし,Taq DNA polymerase は校正(proof-reading)機能が弱く,間違った
ヌクレオチドを取り込んで,産物に変異を生じてしまう可能性があることは説明しました。
そのような産物をシークエンス反応に使って大丈夫か(?)と疑問をもつ人もいるかも知れ
ません。しかし,今回の実験では PCR 産物をクローニングせず,そのまま鋳型に使います。
したがって,PCR の途中で間違ったヌクレオチドを取り込んで変異型の鋳型ができたとしても
それは PCR 産物全体の中では取るに足らない量であることがほとんどです。ですから,
変異によって生じる塩基配列データのノイズは無視できるほど小さいのが普通です。
つまり,塩基配列を読むのにはほとんど障害にはならない = きれいに読める・・・という
ことです。



実験

(4) の実験で精製したプラスミド DNA を鋳型として使います。
 
1. 0.5 mL の PCR 用チューブを用意し,以下の反応液を作る。
   注: 10 サンプル分を作ります。通常 10 本の反応を行いたいときには 11〜12 本分作って
      余りを捨てるのですが,今回は試薬がもったいないので 10 本分ちょうどを調製します。
      ピペットでの計量を正確に!


H2O
62.5 μL
Reaction Mix (a)
5 μL
5x Sequencing Buffer (b)
17.5 μL
1.6 pmol/μL プライマー (c)
10 μL

2. 9 本の新しい PCR 用チューブを用意し,計 10 本のチューブに均等に(9.5 μL
   ずつ)反 応液を分注する。
   1 グループ(3〜4 人)で 1 本(全部で 10 本)の反応液を使います。

3. 分注した反応液に,プラスミド(miniprep 産物)を 0.5 μL 加えて混ぜる。

4. サーマルサイクラーを利用して、以下のプログラムで反応を行う。

   96℃ で 1 分
   [96℃ で 10 秒,50℃ で 5 秒,60℃ で 4 分] を 25 回繰り返す
   4℃ でキープ
   反応終了後は,藤原が片付けます。以下の操作は次の実習の日に行います。

5. 10 μL の H2O,1.25 μL の 0.5 M EDTA (d),60 μL のエタノールを加えて
   混ぜる。

6. 室温に 15 分静置したあと 15 分間遠心する。

7. 沈殿が見えることを確認してから上清を捨て,100 μL の 75% エタノールを
   加える。
   注: エタノールを加えるときには沈殿に向かって強く吹き付けないこと。沈殿が
      チューブからはがれると扱いにくくなります。
   
8. 軽く遠心した後,沈殿を吸い取らないように上清を完全に捨てる。

9. 埃よけのラップをかぶせて,10 分程度乾燥させる。

10. 沈殿が乾燥したら(透明になって見えなくなるはず),15 μL の Loading
   Buffer (e) を加えてサンプルを溶かす。

11. 95℃ で 2 分間加熱して 2 本鎖を解離させた後,すばやく氷で冷やす。
   高知大学遺伝子実験施設のシークエンス解析装置で解析していただいている
   ので,ここから先は自分たちではやらず,遺伝子実験施設に解析していただき
   ます。

12. 96 穴プレートに移し,電気泳動する。

13. 塩基配列の解析結果から,期待したとおりに組み立てられているかどうかを
   確認す る。
   解析結果の見方については実物を見ながら説明する予定。



実験 に使う試薬

(a) Reaction Mix
組成は不明。酵素とバッファー,塩,そして 4 種類の蛍光標識のついた ddNTP が入って
いるはず。メーカーの説明書では 20 μL の反応液に対して 8 μL 入れるようになって
いるが,多くの研究室ではその 8 分の 1 の濃度で使う。今回の実習でも 10 μL の反応
液に 0.5 μL しか入れない。その分反応液のバッファーや塩の濃度が下がって酵素反応
の条件が悪くなる。これを補うのが 5x Sequencing Buffer の役割である。
(b) 5x Sequencing Buffer
これも組成は不明(企業秘密)。Reaction Mix を節約するために塩やバッファー成分を補う
ためのもの。メーカーがつけてくるということを考えても,ほとんどの人が節約をしていること
がわかる。
(c) シークエンス用プライマー
PCR と違って 1 つだけ使う。 2 つのプライマーを使ったらどうしてまずいのか考えてみよう。
今回の実習では QE-Xho プライマーを使う。プライマーがプラスミドのどの部分に
アニーリングしてどちら向きの配列を読むことができるか考えておくこと。

QE-Xho
プライマーの配列は
[5'-CCCTTTCGTCTTCACCTC-3']
(d) 0.5 M EDTA 
EDTA はエチレンジアミン四酢酸ethylene diamine tetraacetic acid)。二ナトリウム
塩の粉末をミリ Q 水に溶かす。そのままでは溶けないので NaOHを加える。最初のうちは
粒をそのまま入れていく。 pH を測りながら慎重に。EDTA の粉がかなり溶けてきたら
粒ではなく 10 N の NaOH を少量ずつ加え慎重に EDTA を溶かす。溶け切った時点で
pH はかなり 8 に近いはず。
(e) Loading Buffer
基本的にはホルムアミド。メーカー特製のものをその まま使っている。ホルムアミドは,核酸
を変性させ塩基対を作りにくくする。 1 本鎖 DNA を泳動するので,パリンドローム(回文構造)
になっている部分で分子内塩基対合が起こったりするのをホルムアミドが防ぐ。


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