研究紹介

植物の誘導抵抗性の解明

誘導抵抗性とは

植物は自身が移動できないことから、外敵から身を守るために様々な工夫をしています。
例えば、バラのように棘をつくり動物からの食害を防いだり、桜のように葉に蜜腺を用意しアリを呼びよせることで自分を食害する害虫を駆除して貰っていたりします。さらにトマトがアルカロイド(「化学生態学とは…」参照)でアザミウマの食害を妨げたりして身を守っています。しかし、このような防御をあらかじめ準備していると、外敵が現れなかったときに無駄になってしまします。もし、棘や蜜、アルカロイドなどを作るエネルギーを葉や種子の生産に回せていたら、植物はより大きく成長し、より多くの子孫を残せたでしょう。そこで、一部の植物は、常に抵抗性を準備する(常在抵抗性)のではなく、外敵が現れたときのみに抵抗性を発現させる誘導抵抗性を発達させてきました。 すなわち誘導抵抗性とは、植物が外敵の侵入(微生物など)や植食者の加害によって、はじめて抵抗性が生じる現象をいいます。図1で示すように、病原気が葉(図1の右下)に侵入すると常在抵抗性(リグニンや抗菌物質など)が侵入菌を迎え撃ちますが、これと同時に抗菌たんぱく質や活性酸素によって殺菌を行います。このように病原菌の侵入を感知してから殺菌反応を行うので無駄が少なくなります。この時、植物は葉が病原菌から攻撃されたという情報をほかの葉に伝えます。そして情報を受け取った未加害の葉は抵抗性を発現する準備を行います。情報の伝達にはサリチル酸やジャスモン酸などの植物ホルモンなどが主要な役割を果たしており、このように全身に広がった抵抗性を全身獲得抵抗性(図1の左上)といいます。
研究室ではこのような誘導抵抗性を植物と昆虫の相互作用の観点から研究しています。さらにこの誘導抵抗性の発現メカニズムを天然物化学とケミカルバイオロジーの手法を用いて解明を目指しています。いかにいくつかの研究例を紹介します。

図1誘導抵抗性の模式図

ジャスモン酸処理によってピーマンに誘導されるマメハモグリバエに対する抵抗性

ピーマンはフラボノイド配糖体を葉に蓄えることでマメハモグリバエなどの害虫に対して抵抗性を示すことを見出してきました(参照:ピーマンを利用したフラボノイド生産技術の開発と薬用利用)。しかしこの抵抗性はピーマンが若い時には十分には発現していないことも同時にわかってきました。それでは、ピーマンは若い時にはどのように身を守っているのでしょうか? 我々は、ピーマンは若い間は成長に重点的にネルギーを分配していて、抵抗性は必要な時にだけ発現する「誘導抵抗性」を保持しているとの仮説を立てて検証しました。
具体的にはピーマンの若い葉(双葉)にジャスモン酸(抵抗性関連植物ホルモン)を処理して葉が抵抗性を誘導するかどうかを調べてみました。その結果、予想通りピーマンの双葉はハモグリバエに対して抵抗性を示すようになりました。その時の葉の中の成分を調べるとある物質が大幅に増える(図中の赤色のグラフ;青色は無処理の葉のHPLCクロマトグラフ)ことがわかりました。この物質を天然物化学的に解析するとカフェロイルプトレシン(図中の構造)であることが分かり、実際にこれを合成し葉に塗布して害虫にあたえると、ほとんど卵を産み付けることが出来なくなることが分かりました。
この研究結果から、ピーマンは成熟期には常在抵抗性(フラボノイドの蓄積)によって常に外敵に対して防御を張っているのに対して、幼若期には防御よりも成長に重点をおき外敵に攻撃された時のみ防御を発現させる誘導抵抗性で対応していることがわかりました。

図2ピーマンの葉にJAを処理すると誘導される
マメハモグリバエに対する産卵阻害物質

ジャスモン酸で誘導されるスイートピーの抵抗性

植物の研究はモデル植物といわれるシロイヌナズナやトウモウロコシ、トマトなどや、主要な穀物や野菜についての研究がほとんどです。研究室ではこれまで焦点が当てられてこなかった観賞用の植物についての研究も開始しました。
スイートピーは害虫や乾燥に強いことから手軽に栽培できる花壇の花です。松田聖子の代表曲「赤いスイートピー」の影響で赤い花が日本ではよく見かけますが、原産地のシチリアでは青い花が多いようです。さて、手軽に栽培できるはずの花ですが、時にハスモンヨトウという蛾が発生してせっかくの花壇が台無しになってしまうことがよくあります。駆除をしなければなりませんが殺虫剤の散布をためらう家庭もおおく新たな方法の開発が求められていました。
そこで、我々の研究室では、スイートピーの誘導抵抗性を引き出す因子の探索を行いました。その結果、ジャスモン酸をスイートピーの葉に処理することでハスモンヨトウに食べられにくくなる摂食阻害活性による抵抗性を誘導することを見出しました(図1)。さらに、この誘導性の抵抗性物質の正体を天然物化学的に解析したところ、2-cyanoethyl-isoxazolin-5-one (2CEIX)というシアノ基を伴った複素芳香族化合物が害虫の摂食行動を抑制することがわかりました。さらにこの物質を直接ハスモンヨトウ幼虫に塗布すると強い致死活性を示すこともわかりました。すなわち、ジャスモン酸をスイートピーに噴きかければ、この2CEIXが増加し抵抗性を発現させることの防除に利用できますし、2CEIXを直接害虫に噴きかけても防除効果を得ることができることになります。このように本研究ではスイートピーの生存戦略である誘導抵抗性を解明するとともに、防除への応用利用の可能性を見出しました。

図3スイートピーの葉へのエリシター処理による害虫の摂食量の変化

イネにおいて殺卵物質を誘導するセジロウンカ由来の新奇エリシター

セジロウンカがイネに産卵するとイネは防御反応として殺卵物質であるベンジルベンソエート(BB)を誘導・蓄積します。これは農林水産省の研究グループが見出したイネの誘導抵抗性の一つです。研究室ではこの抵抗性の出発点となる刺激について研究を行いました。
まず、どのような条件でBBが蓄積するのかを調べてみました。その結果、BBの誘導・蓄積は人工的な傷害のみでは起こらず、セジロウンカをすり潰した水懸濁物やセジロウンカのメタノール抽出物の塗布によって再現されることから、セジロウンカに由来する何らかの化学物質、すなわちエリシターの関与が判明しました。さらにメス由来の抽出物のみがこの現象を引き起こすことから、ウンカの産卵行動に対応する特異な防御反応であることも明らかになりました。
そこで、次にこのエリシターの正体を天然物化学的に解析すると、リン脂質が活性本体であることが判明しました。リン脂質は細胞膜を介した細胞内シグナル伝達の担い手として注目を集めている物質です。植物の病害応答にかかわるジャスモン酸も脂質から生合成されるホルモンで細胞膜との関りが多いことが知られています。今後は、これを契機としたウンカに対する誘導抵抗性の発現メカニズムの研究が期待されます。

図4セジロウンカの産卵によってイネにおいて
殺卵物質が誘導することによる抵抗性の発現
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