研究紹介

イネにおける
誘導抵抗性発現メカニズムの解明

オアカボノアカアブラムシ(ヤサイネアブラムシ:Rhopalosiphumrufiabdominalis)は一次寄主として春先にウメやモモなどのバラ科の木本植物の新梢に発生する。
その後、単為生殖で増殖し、密度が高まると有翅虫が発生し分散する。分散後はイネ科草本の根に寄生し増殖を繰り返えす。このことから、オカボ(陸稲)やコムギなどのイネ科作物の害虫として知られている。
さらに、本種はイネ科植物のみでなく、ナスやトマトなどのロックウール栽培でも根に寄生することが報告され、寄主範囲を暫時拡大しており、今後の被害が懸念されている。

イネの褐変は抵抗性の一部か?

このオアカボノアカアブラムシはイネの芽出しで飼育することが出来るが、アブラムシの寄生部位は寄生後数日で褐変が生じ、アブラムシはこの部位を避ける傾向が観察された(図2)。寄生3日後から褐変が観察され10日後には90%が褐変し、約20%は高い褐変状態(褐変度3,4)であった。一方でアブラムシの密度は徐々に上昇したが寄生部位は褐変程度が中程度以下(褐変度0,1,2)であった。このことからアブラムシが褐変度の高い領域を忌避していることが明らかになった。

図1イネの芽出しに寄生するオカボノアカアブラムシ
図2イネの芽出しにアブラムシを寄生させた時のアブラムシの密度と褐変程度

イネの根の代謝産物動態解析(メタボローム解析)

アブラムシを寄生させたイネの根の代謝産物のメタボローム解析を行うと、図3にまとめたようにセロトニンが多量に蓄積(9.3倍)することが分かりました。セロトニンは褐変物質の原料になることが知られていることから、イネはアブラムシが寄生するとせっせとセロトンをつくし、これを褐変物質に変換することで細胞壁を強化し、病害虫に対する抵抗性を発現させているものと考えられました。その一方でセロトニン生合成経路の上流にあたるトリプトファンやアントラニル酸の蓄積量はあまり変動しませんでした。 それではセロトニンは一体どこからきているのでしょうか?

図3イネの芽出しにアブラムシを寄生させた時に、イネ根において生じる褐変に関連する代謝産物の動態
Undetection:未検出Undetection Detedtion:検出 (図中の数値は5日後に何倍になったかを示す)

イネの根の遺伝子発現解析

アブラムシを寄生させたイネの根からRNAを抽出・精製し、逆転写酵素でcDNAを合成し、イネ根で発現している遺伝子のライブラリの作成を行った。これをもとにセロトニン生合成にかかわる遺伝子の発現を調査した。その結果セロトニンを生合成する遺伝子群はすべて転写量が増大することがワンめいしました(図4)。このことからアントラニル酸やトトリプタミンが蓄積されないのは、生合成経路が活性化してるわけではなく、生合成量が増大する一方で、これが消費され結果的にこれらのセロトニン前駆体が蓄積しないことが判明した。  それではセロトニンはなぜ蓄積するのでしょうか?

図4  褐変に関与すると推定される代謝産物の蓄積量と生合成遺伝子の発現の動態

イネにおけるセロトニン蓄積の抑制機構の解明:アブラムシによる抵抗性の抑制と利用

 さらに研究を進めると、セロトニンにはアブラムシに対する増殖抑制効果があることが判明しました。即ち、アブラムシがイネに寄生すると、イネはセロトニンを体内に蓄積しアブラムシに対する化学的抵抗性を示します(図5)。その後、これを褐変させ細胞壁を強化することで物理的抵抗性をしめす、2段階の防御機構を示すことが明らかになりました。
 ところが、セロトニンはある濃度域では、アブラムシの産仔を促進することも併せて判明しました。これは何を意味するのでしょうか?そこで、植物の総アミノ酸量を測定したところ、寄生3日後にかけて増加することが分かりました。

図5寄生によるイネ根の生理変化と抵抗性
図6アブラムシ寄生イネ根の
トランスクリムトーム解析結果

 即ち、アブラムシはイネが展開する2段階の抵抗性が始まる前に(抵抗性が発現するのを遅らせているかもしれません)、抵抗性の原料となるアミノ酸やセロトニンをイネ自体に蓄積させ、アブラムシの増殖に利用していることがわかってきました。このように、アブラムシは植物の防御をいろいろな方法で回避し、適応できるように進化してきたのです。
 この時の遺伝子の発現状況を調査すると、図6のように規制4日後と7日後では大きく異なることが分かります。現在はこれらの中のどの遺伝子がアブラムシの適応に関与するのかの解明を目指しています。

イネ根におけるアミノ酸の選択的な蓄積機構の解明:アブラムシ由来の新奇エリシター

 今まで見てきたように、イネはアブラムシの加害を認識し抵抗性を誘導し、アブラムシはイネに働きかけて、抵抗性を弱めています。いったいどのようにして植物は自身への加害を認識したり、アブラムシが植物に働きかけをしているのでしょうか?一般的には様々な化学物質がこのような現象に介在しており「エリシター」と呼ばれています。
 そこで、アブラムシと植物の間で働くエリシターの解明に取り組みました。その結果、抵抗性の前半と後半で異なるエリシターが関与し、前半では植物ホルモンが、後半では高分子化合物が関与することが明らかになってきました。現在は、これらのエリシターの詳細な役割の解明をおこなっています。

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