海洋生命・分子工学実験 II

2. 遺伝子工学的実験法(2018)

担当: 藤原滋樹 



はじめに

海洋生命・分子工学コースの人は「生物学概 論 II」,「分 子遺伝学」,「生化学」,「分子生物学」,
遺伝子工学あるいは発生工学」, 「生命分子工学」, 「細胞工学」など で遺伝子の構造や機能
学んだ(あるいはこの実習と並行して学んでいる)ことと思います。それらの講義では,全ての
生物の体は細胞でできているということ,そして生命活動の基 本は細胞の機能で あるいうことも
学びました。細胞の活動を支える主役は分子機械であるタンパク質です。そして タンパク質の
設計図が遺伝子です。私たちは,生命活動のメカニズムを知るためにタンパク質 の機能を知る
必要があります。タンパク質の機能を調べるためには,そのタンパク質を精製するか,あるいは
その設計図を手に入れる必要があります。
 生物の持つタンパク質を精製し,その機能を調べることは非常に重要なことですが,しばしば
重要な機能を持つタンパク質は細胞の中にほんのわずかしかありません。 例えば,ホルモンの
受容体や,転写調節因子のようなタンパクの多くは 1 個の細胞の中に 1000 分子ほどしか
ありません。そのような場合には,遺伝子 DNA そのものや,mRNA のコピーである cDNA と
いったような “設計図そのもの” を手に入れることがとても有効な手段になります。
 一旦設計図を手に入れてしまえば,私たちは,実験のたびにタンパク質を抽出・精製しなくても,
設計図を元にして(大腸菌や酵母,動物細胞を利用して,あるいは細胞の抽出液を利用して
試験管内で)大量のタンパク質を作り出すことができます。また,設計図を書き換えることに
よって,自然のものと異なる活性をもつタンパクを作り出すことだって可能になります。
このようなテクニックは,生体内に微量しか存在しないタンパク質の機能解析に威力を発揮する
だけでなく,有用なタンパク質の大量生産という応用面にも多くの貢献をしてきました。実際,
成長ホルモンやインシュリンなどはこのようにして生産されたものが医薬品として利用されて
います。
 遺伝子は,どんな生物から取り出したものであっても基本的な構造は同じであり,その本体が
DNA という分子であることも学びました。また,DNA は簡単に切ったり貼ったり できるという
ことを,みなさんも知識としては知っているはずです。実際,「分子遺伝学」で学んだような
さまざまな酵素(DNA ポリメラーゼDNA リガーゼな ど)は,精製品が市販されていて,
それを買ってきて自分の注目する遺伝子を切ったり貼ったりすることが簡単にできるように
なっています。DNA を自由自在に切り貼りする技術の確立が,分子遺伝学・分子生物学の
爆発的な発展を支える背景になったのです。

この実習では,2 種類の蛍光タンパク質を使います。一つは,オワンクラゲ (Aequorea victoria
から発見された蛍光タンパク質 (Green Fluorescent Protein 略して GFP) をベースにして,
さらに強い蛍光を発するようになった突然変異型のタンパク (蛍光強化型 GFP = Enhanced
GFP
EGFP) です。EGFP についての詳しい説明は,別冊実験医学 ザ・プロトコルシリーズ
non-RI 実験の最新プロトコール(蛍光の原理と実際: 遺伝子解析からバイオイメージングまで)
(編集/栗原靖之・武内恒成・松田洋一) の第 4 章に載っていますので参考にしてください。
もう一つは,花虫綱 (サンゴやイソギンチャクの仲間) で,ホネナシサンゴ目・イソギンチャクモドキ
の一種 (Discosoma sp.) の Ds-Red というタンパク質の変異型である mCherry です。
EGFP と mCherry は,互いによく似たアミノ酸配列をしていますが,発する蛍光の色が違います。
EGFP は青色の励起光を照射すると,黄緑色に光ります。一方,mCherry は緑色〜黄色の励起光
を照射したときに,赤い蛍光を発します。

この実習で行う実験の概略は下記のとおりです。
まず,mCherry をコードする cDNA を組み込んだプラスミドpCR II-mCherry) から,mCherry
cDNA を制限酵素で切り出します。切り出した mCherry cDNA を,別のプラスミド (pBluescript II
SK+) に組み込みます。実は,この pBluescript II SK+ には,あらかじめ EGFP をコードする
cDNA が組み込まれています。ですから,みんなが行う作業は,別の言葉で言い換えると
「pBluescript II SK+ に組み込まれている EGFP cDNA を切り捨てて,その代わりに mCherry
cDNA を組み込む」 という作業になります。こういう一連の作業のことを,遺伝子組換え実験
といいます。 mCherry cDNA と pBluescript II SK+ を連結させたら,今度はそれを大腸菌の細胞
に導入します。すると,プラスミドを含む大腸菌を増殖させることができます。このような大腸菌
遺伝子組換え生物遺伝子導入生物) といいます。もしも, mCherry cDNA が正しく組み
込まれたプラスミドが大腸菌に導入されたら,その大腸菌は肉眼でも赤く見えるコロニー
形成します。一方,もしも遺伝子組換えの操作に失敗していて EGFP cDNA が pBluescript II
SK+ の中に残っていれば,コロニーは黄緑色に見えるでしょう。また,そのどちらでもない場合
コロニーは白っぽく見えるはずです。 一つ一つの作業の原理や方法については,下記の目次
に沿って,順次説明していきます。

この作業を進める過程で,皆さんは,大腸菌への遺伝子導入 法,大腸菌からのプ ラスミド
DNA の精製法
DNA を決まった場所で切ったり連結したりする方法 (遺伝子組換え技術
の基本中の基本),大腸菌を利用して目的のタンパクを発現させる方法などを学びます。
これら の技術は,学生実習専用の実用性のない技術ではなく,将来この分野の専門家になる
場合でも絶対に必要ですぐに役に立つものばかりです。 皆さんが実験に臨むときには,ただ
説明に書いてあるとおりに右のチューブから左のチューブに液を移すような単純作業をするの
ではなく,それぞれの作業の意味を常に頭に置いていてください。
 また,数週間におよぶ実験は全て一続きです。最初の実験で作ったサンプルが次の実験の
材料になります。途中のどこかで失敗すると最後までたどり着きません。マイクロピペット等で
試薬をはかるときなどは細心の注意を払って正確に作業をしてください。



もくじ

(-1) 練習問題 

(0) プラスミドの塩基配列の確認
(1) 材料となるプラスミドの調製 (miniprep) 
(2) 制限酵素によるプラスミドの切断
(3) アガロースゲルからの DNA 断片の精製
(4) ライゲーションとトランスフォーメーション
(5) PCR によるプラスミドクローンのチェック  
(6) 大腸菌からのプラスミド DNA の精製 (再び miniprep)
(7) 塩基配列の決定法
(8) リコンビナントタンパクの発現  



みんなの実験データ

(180510) 練習問題の制限酵素処理の結果  
(180511) プラスミドの調製の結果  
(180517) 練習問題の PCR の結果  
(180517) 制限酵素処理によるプラスミドの切断の結果  
(180518) ゲルからの DNA 断片の精製の結果  
(180524) コロニー PCR の結果  
(180525) 塩基配列データ  
(180601) SDS-PAGE の結果  



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レポートの解説




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